妹の心の扉 (エロくない体験談) 38987回

2006/07/17 21:49┃登録者:えっちな名無しさん◆cq481bMY┃作者:名無しの作者
久しぶりに帰った実家で一番に駆け寄ってきたのは妹の葵だった。

「お兄ちゃんおかえりー!」

そういって妹は俺に抱きついたまま離れなかった。まあ、無理やり引き剥がしたけど。
今年大学を卒業して就職が実家から行ける所に決まったので、戻ってきたのだ。
大学時代は実家から離れて東京で一人暮らしをしていた。だから、家族と会う機会は
正月とお盆くらいのものだった。

「葵大きくなったなー!今年中学2年生だっけか?」
「そうだよー!ねえ、それよりおみやげは?おみやげは?」
「ちゃんとあるぞ。ほら、ニンテンドーDS!」
「やったー!お兄ちゃんありがとう!」

俺が妹の頭をなでてやると、妹は「エヘヘー」と照れ笑いをした。
久しぶりに会った妹は可愛かった。何か癒されるものがある。
これからは可愛がりまくり、甘やかしまくりの日々にしよう。

「葵ほら!焼きプリンだぞー!」
「私、焼きプリン嫌いなんだよね。お兄ちゃんにあげる!」
「・・・・・・・・・・・・・orz」

なかなか、うまくはいかないものだ。
俺も新入社員として色々忙しいし、あまり妹にかまいっぱなしというわけにはいかないが
できるだけ甘やかして癒しを妹から貰う事にしよう。

ある日、会社から帰ってくると妹がこんな事を言ってきた。

「お兄ちゃん・・・・・私、脳年齢30歳だって・・・・・・」

ニンテンドーDSと一緒に渡した「脳を鍛えるDSトレーニング」をしたらしい。
そのゲームで自分の脳年齢が測れるのだ。

「お前やばくね?14歳の脳年齢が30歳って!!m9(^д^)プギャー !!!」

「じゃあ、お兄ちゃんやってよー」

「ああ、見てろよ驚愕の俺の脳年齢を!!今後全世界の人間が俺を崇める事になるだろう!!
驚愕の脳年齢をたたき出した男としてな!!!」

「早くやって」

「はい…(´・ω・`)」

ポチポチポチッっと。

「よーし!葵よく見とけよ俺の驚愕の脳年齢を!!」

機械が脳年齢を測定する。きっと、15歳くらいに違いない。

+   +
  ∧_∧  +
 (0゜・∀・)   ワクワクテカテカ
 (0゜∪ ∪ + 
 と__)__) +


DS:あなたの脳年齢は50歳です。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

「お兄ちゃんかわいそう…(´・ω・`)」

「何かの間違いだよ」

「確かに驚愕の脳年齢出たね」

「かわいそうなお兄ちゃんを慰めてくれるか?」

「うんいいよ!」

そういうと妹は俺の頭をよしよしした。

「ふふふっ」

「お兄ちゃんニヤケすぎだよwww」

「葵はやさしいなあwww」

「エヘへww」

仕事で失敗して正直落ち込んでいた俺だが、なんか妹に癒された。
やっぱ、妹いいな。今までかまえなかった分いっぱい可愛がろう。
うん。そうしよう。

夕飯の後、居間でテレビを見てたときだった。妹が俺の膝と膝の間に座ってきた。
妹の頭が邪魔で、テレビが見えずらい事この上ない。

「葵。お兄ちゃんテレビ見えないんだけど・・・・・」
「いいの!ここがあたしの場所なの!」
「・・・・?じゃあ、俺よけるから」

そいいって横にずれたのだが、妹も一緒にずれてくる。

「あのう・・・・・・これは一体何事だい?」
「お兄ちゃんの膝の間はあたしの席なんだよ?」

いや、そんな無茶な。

「後ろからお腹のあたりをギュッってしてて」
「こうか?」
「そうそう。この体勢が好きなの」
「暑いんだけど」
「暑ければ扇風機をまわせばいいじゃない!クーラーを入れればいいじゃない!」
「そ、そうだな・・・・・・・」

二人して扇風機を浴びながら、二人羽折のような体勢でテレビを見る俺達だった。
妹と密着している。妹に変な気はもちろん起こらないのだが、変な感じだ。
気が付くと妹は眠っていた。
ソファーに寝かせる。

「あらあら。優しいお兄ちゃんね」

そう言いながら、皿洗いを終えた母さんが入ってきた。

「お兄ちゃんが帰ってきて葵は嬉しいのよ」

「そうなのかな?」

「ええ。安心できるんでしょ」

その時俺は母さんが言ったこの言葉の深い意味に全く気付かなかった。

ある日、会社から帰る途中に立ち寄った本屋で友達に出会った。

「おう!斉藤何やってんの?」

俺がそう呼びかけると、斉藤はこっちに歩いてきた。
大学も高校も一緒で、就職先の会社こそ違うが、同じ地元に帰って来たのだ。
腐れ縁とでもいうのだろうか。

「久しぶりだな。宮本!妹の葵ちゃん元気?」
「第一声がそれかwwwww」
「だって葵ちゃんかわいいじゃん」
「斉藤にも妹いるじゃん。夏美ちゃん。めちゃくちゃ仲いいの知ってるぞ」
「それなんだよ。まあ兄妹として仲いいのはいいんだけどさ、この前彼女が出来たって言ったら
一週間無視されたよ・・・・・」
「彼女が出来た!?貴様恥を知れ!妹道を全く分かっとらん!」
「妹道ってなんだよwwwまあ、結局色々話をして口をきいてもらえるようになったけど」
「斉藤ってそういうところいいよな。分かってもらえるまでお前ちゃんと話をするじゃん。誰に対しても」
「俺にとっては普通なんだが・・・・・」
「感動した!!」
「そ、そうか・・・・・・・」
「そうかじゃねえよwww小泉首相かい!とかつっこめよ!」

こいつがいいやつなのは俺も知っている。いつか、大学生の時、斉藤の妹、夏美ちゃんの高校の
文化祭を見に行った事があった。斉藤とは別行動でだけど。
斉藤の妹が吹奏楽部に所属しているのを知っていた俺はそれを聴きにいったのだ。

俺は斉藤の斜め後ろの席に居たのだが(演奏中気が付いた)、終わった後、斉藤と妹の夏美ちゃんが
仲よさそうに話をしているのを見かけた。2人とも何か涙ぐんでいて、斉藤は夏美ちゃんをこれでもかというくらい
褒めていた。見てて心がなごんだものだ。

俺も斉藤達みたいな兄妹になりたいな、とあの時思ったのが俺の妹萌えの始まりかもしれない。

「兄さん!」

不意に声がした。二人でふりかえると夏美ちゃんと葵がいた。

「あれ?葵と夏美ちゃん」

「あ、こんにちは宮本さん」

夏美ちゃんは、確か今高校3年生のはずだ。しかし葵と夏美ちゃんは知り合いだったのか?
会わせた記憶はないのだが。そう思いながら葵の方を見る。すると葵は体当たりをしてきた。

「どーん!」

こけそうになるのを踏ん張る。

「どーんじゃねえよwwwなにやってんだ」
「妹を受け止められるかどうかのテストだよー!」
「なんじゃそりゃ!絶望した!妹の意味不明さ加減に絶望した!!」
「宮本さんと葵ちゃん仲いいんですね」
「夏美ちゃん達ほどじゃないよww」
「私達はそんなに仲良くないですよー兄さんは彼女出来たみたいだし」

そう言うと夏美ちゃんはジロッっと斉藤を見た。
何かすごい空気になってきたな。斉藤まだ仲直りしてないじゃん。本当に口をきいてもらえるように
なっただけか。面白いなこれはwww

「夏美ちゃん。さっきめちゃくちゃノロケ話こいつしてたよ!もうこれでもかってくらいに!!」
「兄さんちょっと」

夏美ちゃんはそういうと斉藤を引っ張って帰っていった。斉藤の悲しげな顔が面白い。
彼女が出来たなどと、不用意に俺に言ったのが間違いだったな斉藤よwww
家に帰る途中、葵が心配そうな顔で聞いてきた。

「お兄ちゃんは彼女いるの?」

ふふふ!俺がここで妹フラグを折るわけがない。俺は斉藤のようなアホとは違う。

「いないよ。まあ、威張っていえる事じゃないけどなwww」
「そっかあ!よかったwww」
「良くないよ。さびしいじゃん。彼女いないと」

巧妙なトラップを用意した会話だ。妹に「じゃあ私が代わりになってあげるよ!」と言わせるための。
何度も脳内シュミレーションした。事前準備は万端だ。

「さびしいね。でもいいじゃん今はいなくても」

そう来たか。だが予想の範囲。問題はない。

「でも、会社に可愛いなって思う子はいるよ」
「え・・・」

妹の顔が一瞬曇る。ふっふっふ。悩め。悩むがいい!

「彼女がもし出来たら、あまり家で葵にかまえなくなるかもな」
「そんなのヤダ・・・・・・」

じゃあ、どうすればいい?考えるんだ葵。一つだけ答えがあるだろう?
お前に出来る事があるはずだ。

「じゃあ、俺が寂しい時どうすればいいんだ?」

完璧だ。ここで葵は言うはずだ。「じゃあ私が代わりに彼女になってあげるよ!」と。
ふっふっふ!計画通り!!!

「よしよししてあげる!」

は?何言ってんだこいつ。

「よ、よしよしだけじゃ寂しいなあ・・・」

他に出来る事があるだろう。よく考えるんだ葵。お前が俺の彼女の変わりになればいいじゃないか。

「じゃあ、私の分のヨーグルトもあげる!」

予想外だ。計画にはこんな台詞はない。彼女がいなくて寂しいという話をしてるのに
なぜヨーグルトの話になっているんだ?俺は食いしん坊か。

「俺、下痢気味だからヨーグルトはいらないかな。それよりもほら、彼女の代わりがいればさ
俺も寂しくないじゃん」

まんまだ。計画もクソもあったもんじゃない。好きなだけ俺をm9(^д^)プギャー !!!すればいいじゃない!!
さあしろよ!m9(^д^)プギャー !!!しろよ!!!

「お兄ちゃんずっと私のそばにいて・・・・・お兄ちゃんだけが・・・・・私・・・・・」

不意に計画と違う言葉がまた出た。
葵の横顔を見ると何だか不安に押しつぶされそうな顔をしていた。
いつもの葵とは違って見えた。そういえば、ずっと東京にいて葵と会ってなかったとはいえ、
こんなに兄にべったりなやつじゃなかった。

帰ってからの葵は俺にべったりだ。何かあったんだろうか。
家に帰って例のごとく二人羽折のような暑苦しい体勢でテレビを見ている時の事だった。

「ねえ、あんたに電話かかってるよ」
「俺に?母さん誰から?」
「夏美さんって人。何々?彼女?」
「違うよ。友達の妹」

何の用だろう。斉藤とは腐れ縁ではあるが、妹の夏美ちゃんとはそれほど仲がいい訳ではない。
高校の時に、遊びに行ったときに少し話をした程度だ。
電話を取る。

「こんばんわ。葵ちゃんの事で話したいことがあるんです」
「何?今日会った時に話してくれればよかったのに」
「いや、本人の前ではちょっと。大事な話なんで今から大濠公園に来てもらえます?」
「うん・・・・いいけど」

一体何だろうか。妹の事で大事な事とは。何か真剣な話のようだった。
葵が今日悲しげな顔を一瞬した事と関係があるのだろうか。

「お兄ちゃん電話まだー?」
「終わったよ。ちょっとコンビニ行ってくるから。何か欲しいものある?」
「アイス!それはそうと夏美さん何だって?」
「いや、兄の彼女の事詳しく知ってますか?だって。だから知らないって言っといた」
「ふーんwwww夏美さん何か必死だね」
「そうだな。嫉妬大爆発って感じだな」

そう言えば妹と夏美はどういう知り合いなんだろう。直接会わせた事はないはずだ。
まあいい。それも含めて色々聞いて来るか。

時刻は夜8時を回っている。月明かりに照らされて公園の木々が不気味に見えた。
風に揺られてざわつく木々。俺の中で言い知れぬ不安が広がっていく。

「宮本さん!すみませんこんな時間に」
「全くだよ!非常識な人だよ全く!」
「す、すみません・・・・・・」
「あの、冗談なんだけど・・・・・・・」
「冗談になってない気がするんですけど・・・・・」
「ごめん」
「いや、いいですけど」

微妙な空気が流れる。不安のあまり笑えない冗談を言ってしまったようだ。

「そもそも、夏美ちゃんと葵ってどういう知り合いなの?」
「同じピアノ教室に通ってたんです。まあ私は高校の吹奏楽部が忙しくなってきたんで
今はやめちゃったんですが」
「葵ピアノ教室なんか行ってたのか。葵、今は行ってる様子はないけど、やめたのかな・・・・」
「葵ちゃんとはよく休憩時間に話してたりしてたんでよく知ってるんです」
「ふ−ん」
「今葵ちゃんクラスで友達一人もいないって知ってます?」
「へ!?」
「宮本さんの前じゃそんなそぶりは見せないかもしれませんが、結構深刻な事態だと私は思いますよ」
「ちょ、どう言う事?友達がいない?何で?あいつ明るいし、性格もいいし、可愛いし・・・・・・」
「対人恐怖症なんだそうです。きっと宮本さんのお母さんも知ってるんじゃないかな。授業中に立って
本とか読まされることがあるじゃないですか。あの時に教室中の視線が自分に集中して怖くなったって
言ってましたよ」
「そんな些細な事で・・・・・・」
「そういう人って結構いるんですよ。でも葵ちゃんは人一倍恐怖の度合いが大きかったんでしょう。
それがきっかけで人前で話したりする事に対して極端に不安や恐怖を感じるようになったんです。
結果、中2でクラス替えの時に新しい友達が一人も出来なかったみたいなんです。偶然1年生の
時の同じクラスの友達が一人もいなかったらしくて」
「じゃあ、あいつずっと学校で一人か・・・・・・・」
「中学生の時にそういうのって精神的にキツイと思いますよ。でも、今なら何とかなります。
逆に言えば今何とかしないと葵ちゃん駄目になりますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一見些細な事のように思えた。しかし、帰ってからの葵は俺にべったりだった。テレビを見てる時でさえ
離れようとしない。それはクラスからの孤立感を少しでも忘れようとしてたんじゃないのか?
今考えるとそう思えた。

兄として何とかしてやりたい。

「ようするに、対人恐怖症を克服し、友達を作ればいい訳か・・・・・」
「まあ、簡単に言うとそうですけど、これは難しいと思いますよ。本人の努力も必要ですし」


帰り道俺は自分の中学時代の事を思い出していた。対人恐怖症か。
確かに俺にも立って教科書を読まされた時なんかにドキドキした経験はある。
しかし、そこまで恐怖を感じるというのがよく分からない。

夏美ちゃんが言ったように今が一番大事な時なのかもしれない。
多感な中学生時代。妹がどういう人間になっていくのか。
暗い根暗な性格になるのか。それとも明るい元気な性格になるのか。
今が分岐点なのかも知れない。

こういう事は本人がどう感じるかだ。本人の気の持ちようだ。
俺が妹にしてやれる事。それはやっぱりあれしかないか。
久しぶりで恥ずかしいけどな。

家に帰ると居間でボーっとしている妹がいた。

「あ、お兄ちゃんおかえりー!アイス早く早く!」

あ。忘れてた。

「あーそのなんだ。葵」
「何?」
「アイスは買ってないんだ」
「何でー?嘘つきー!買ってくれるって言ったじゃん!」
「夏美ちゃんと会ってたんだ」
「へ・・・・?」

妹から笑顔が消えた。

「聞いたんだ・・・・・・」
「ああ。色々夏美ちゃんに相談してたんだろ」
「・・・・・・うん。お兄ちゃん東京に行ってていなかったから。夏美さんが色々話聞いてくれて・・・」
「人と話すの怖いか?」
「怖いっていうよりね、急に心臓がバクバク言い出すの。人前に立ったりすると特にね。
それで頭真っ白になってさ・・・・・・」
「うん」
「普通に会話は出来るんだよ?でも話してると段々ドキドキしてくるの・・・・・」
「友達いないのか?」
「・・・・・・うん。私が話すのを避けちゃうからかな・・・・・・」

全てが悪循環している。精神的にも不安定になりかねない。
俺は妹の頭を優しくなでた。

「つらい事は俺に何でも言うんだぞ。何でも話聞くからな」
「うん。お兄ちゃんくらいだよ。ドキドキしないの」
「そうか。あのな、今からちょっと出かけるからついて来い」
「どこ行くの?」
「風来橋だ」
「え?あそこ人多いよ?」
「いいから。そこで俺がやる事を見とけ」

葵は風来橋までの途中不安そうな顔をしていた。俺の服をギュッと握り締める葵の手。
葵が心で何かを感じてくれればそれでいい。

風来橋につくと斉藤兄妹がいた。俺が呼んでいたのだ。

「宮本ほら。預かってたギター」
「ありがと。でも相変わらずここって人通り多いよな」
「高校時代と何の変わりもないよ」

俺と斉藤は高校時代よくここで二人で歌っていた。あの頃は真剣にミュージシャンになるなんて
言ってたっけな。

「宮本さん・・・・・・」

夏美ちゃんが不安げな視線を投げかける。

「葵を頼むよ。3人は少し離れて見ててくれないか?」

こういう人通りの多い所で歌う兄の姿を見て妹は何を感じてくれるのか。
集まる視線。冷やかしの眼差し。迷惑顔。真剣に聴いてくれる人。
色々な人の視線。

「まずは少年時代からいくか」

ゆっくりとギターを鳴らす。ギターのいい所は6つの弦が紡ぐやさしい音色だ。
さんざん高校時代引いた曲。自然と指先がコードを押さえ始める。
俺はあえて大きな声では歌わなかった。聴いてくれる人だけが聴いてくれればいい。
その代わり本気で歌う。

2番を歌い終わったところでサラリーマンの男性、40歳くらいだろうか。
立ち止まって俺の歌を聴いてくれていた。よし。この人のためだけに歌おう。
俺の歌を聴きながら、その男性の目は宙をみているようだった。
何か少年時代を思い出しているのかもしれない。

歌い終わるとサラリーマンは足早に帰っていった。その横顔に笑みがこぼれた気がした。

「宮本本気で歌ってるよwwwww面白いなあいつwww」
「兄さんもうwwwでも宮本さんいい声だよね。何か小学生時代を思い出すよ」
「お兄ちゃんあんなところで一人で歌って怖くないのかな・・・・・・・」
「葵ちゃん。あれはむしろ自分に酔ってる顔だなwww俺って歌うめぇとか思ってる顔だ、アレはww」
「そうなんだwww」

俺の選曲は基本的に懐メロ中心だ。理由は簡単。世代を問わないからだ。
俺が浪漫飛行を歌い出した所で10人ほどの人が聴いてくれていた。

「葵ちゃん多分次にやる曲、よく聴いてるんだ」
「え?何でですか・・・・?」
「あいつのオリジナル曲なんだ」
「ヘー、宮本さんってオリジナルもあるんだ」
「ほら、ハーモニカ出したから間違いない」

俺が最後に歌った曲。
それは高校時代妹の葵が高熱を出した時に作った、妹に向けた曲だ。
本人の前で歌った事は一度もない。恥ずかしすぎるしキザすぎて気色悪い。

「俺最初宮本に聞かせてもらった時、ああ、葵チャンの事本当に大切なんだなって思ったよ」
「何か前奏が心に来るメロディーだよね・・・・・・」
「お兄ちゃんが私の歌を・・・・・私に向けた歌・・・・・」

これは妹に対する家族愛を歌った曲だ。いつでも助け合って兄妹生きていこう。
そういう気持ちを込めた歌だ。一ヶ月できるのにかかった。納得のいくメロディーが
思い浮かぶのにそれだけかかった。趣味で引いていたギターを人前で歌いたくなったのは
この曲が出来たからと言っていい。

「いい歌だね・・・・兄さん」
「本当は俺のハモリが入るんだけどなwwww」
「お兄ちゃん・・・・・・・・」

やがて曲が終わる。10人程の人が聴いてくれていた。
全員が拍手してくれていた。照れくさい事この上ない。

「また、いつか歌いに来ますんでよろしくお願いします」

そう言って俺は妹達のそばに向かった。

「へへwww」
「何だ葵ちょっと涙ぐんでないか?」
「泣いてないもん!」
「そうか。何か感じたか?」
「・・・・・・あんなに大勢の前ですごいなって。わたしは・・・・・」
「葵。基本的にこういう所で歌うっていうのは自己満足でしかない。人によっては
迷惑ですらある」
「・・・うん」
「でもな、大切なのは自分が何をやりたいのか、そしてそれに対して自分で努力する事だ。
そうすればきっと自分のことを見ててくれる人がいる。気にかけてくれる人がいる」
「・・・・・・うん。そうだよね・・・・・・・」
「自分を相手に理解してもらおうとする気持ち。それが大切なことなんだ」
「・・・・・・・・・・・うん」

時計を見ると9時を回っていた。
「斉藤。そして夏美ちゃん明日もう一つ付き合ってほしい事があるんだ」
「なんだ?」
「草場さんに連絡とれないかな?」
「なるほどな。お前の考え何となく分かったよ」
「兄さん草場さんって?」
「ある老人ホームの所長さんだよ。宮本と二人で高校時代歌ってた時に知りあってね。
レクリエーションの一環として歌わせてもらった事があるんだ」
「ふーん」

俺は静かに葵に言った。

「葵。明日歌わせてもらいに行こうと思うんだ。多分OK出ると思う。
お前、明日一曲歌え」
「え!?お兄ちゃんわたし・・・・・わたし・・・・・・」

妹の顔色が曇る。

「大丈夫だ葵。あそこの人たちは楽しみが少ない。だからこうして歌わせてもらいに行くって
いうのはいい事なんだ。きっと楽しみにしてくれる。お前が明日どう感じるかは分からない。
でもな、俺はそれが第一歩だと思うぞ」
「・・・・・・・・うん。私も変わらなきゃ・・・・・・・やる!お兄ちゃん私やるよ!」
「そうか」

俺は妹の頭を撫でた。足元を見ると葵は小さく震えていた。
でも、自分の意思で「やる!」と言ってくれた事。今日の収穫はこれで十分だ。

「じゃあさ、斉藤はギター。夏美ちゃんはピアノやってくれる?老人ホームにピアノあるから」
「ああ。わかった」
「いいですよ」
「ありがとう二人とも」
「いいって事よ!可愛い葵ちゃんのためだもんな!」
「兄さんには彼女いるんでしょ!この浮気者!」

そういってまたもや夏美ちゃんに引っ張られて帰る斉藤だった。
「あの兄妹仲いいよねwwwお兄ちゃん」
「そうだなwww」

翌朝草場さんに連絡すると快く許可してくれた。
久しぶりにまた君が歌うのかい?という問いに、妹が歌うとだけ答えておいた。

居間のソファーでうつむいている葵がいた。きっとドキドキしてるんだろう。
「葵、今日決まったから」
「そ、そう。・・・・・・・ところで何歌えばいいのかな」
「お前が最近ずっと聴いてた曲。『テルーの唄』だ」

テルーの唄。それはこの夏の最新映画の唄だ。心に残るメロディーが印象的だ。
心の孤独を歌った曲。葵は自分を重ねてよく聴いていた。
俺はその心の孤独を歌った曲を4人で演奏することで、葵にそうではない事を感じてもらいたかった。

葵の心で。

「じゃ,行くか」
「うん」

老人ホームに着くと斉藤兄姉妹と草場さんがいた。

「こんにちは草場さん。すいません無理言って」
「いやいや。むしろありがたいよ。みんな楽しみにしてるよ」
「そうですか。こいつ妹の葵です」
「こんにちは・・・・・・・」
「こんにちは。今日は実は私も楽しみにしててねwww」

案内されたのはレクリエイションルームだった。隅にピアノが置いてある。
中にはたくさんの老人がいた。みんな目がきらきらしている。
きっと楽しみにしてくれていたんだろう。
ざっと20名はいる。昨日の俺の時より多い。

やがて職員の皆さんも集まってきた。

「今回は草場さんに許可を貰ったので、久々に歌いにきました。皆さんよろしくお願いしますね」

大きな拍手が起こる。
隅にちょこんといる葵。俺はゆっくり葵に近付いた。

「・・・お兄ちゃん」

葵の足元が震えている。緊張の局地なんだろう。

「大きく深呼吸しろ」
「うん」

葵が胸に手を当て大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。

「お前の精一杯の気持ちを唄に込めればそれでいい。昨日の俺を見ただろ?
分かってくれる人はきっと居る。大事なのはお前が努力する事だ」

「わかった。お兄ちゃん!」

そう言った葵の足はもう震えてはいなかった。
夏美ちゃんと斉藤に目で合図を送る。2人はゆっくりと頷いた。
夏美ちゃんが口パクで「ガンバ!」と言ったのが分かった。
斉藤は目でウインクしていた。斉藤は後で話をする必要があるな。

「み、み、皆さんこんな私ですけど聴いてください」

いっせいに拍手が起こる。それが止んだ時、ゆっくり夏美ちゃんがピアノを引き始めた。
優しいメロディー。俺と斉藤のギターでそれを優しく包みこむ。それは妹を優しく包み込んで
あげる事を意味していた。一人じゃない、孤独じゃない事を音で包みこむ。

葵はゆっくり歌い始めた。

「夕闇迫る雲の上 いつも一羽で飛んでいる」

妹の歌声。どこか懐かしいような切ない気持ちにさせる声だ。いい声だ。
夏美ちゃんのピアノが妹の行く先を優しく案内する。
俺と斉藤のギターが葵がつまずかないようにそっと支える。

葵は笑っていた。

「心を何にたとえよう 一人道行くこの心」

やがて4人の出す音色が一つの音となる。その優しい音色が部屋全体を優しく包みこむ。
皆真剣に聴いてくれている。妹の歌声に耳をすませている。

草場さんが俺を見て頷いた。俺も頷き返す。
夏美ちゃんを見ると、目から涙が出ているのが見えた。
いい子だ。

「心を何にたとえよう 一人ぼっちの寂しさを」

その孤独な歌詞とは裏腹に、胸に響く優しいメロディー。楽器を通して伝えた俺達3人の思い。
きっと受け取ってくれたはずだ。

静かにピアノの伴奏が終わる。

「あ、あの・・・・ありがとうございました」

葵がそう言った時だった。
全員全く拍手しない。

「あの・・・・・・」
「葵心配ない。お前の気持ちみんな受け取ってるよ。感動で拍手を忘れてるだけだ」

一呼吸おいて大きな拍手が起こった。
みんな葵の周りに集まる。

「また来てくれるかい?」
何度も葵はそう聞かれていた。
葵ははにかんだ笑顔で「ええ。かならず」と答えていた。
妹の目に流れる涙。色々なものが混じった涙だ。

「じゃあ。またな宮本!」
「葵ちゃんまたね!」

そう言って斉藤兄弟は言葉少なに帰っていった。
空を見上げると綺麗な夕焼け空が広がっていた。

「お兄ちゃんありがとう・・・・・・・本当にありがとう・・・・・・・」
「葵大人気だったな」
「うんww」
「一曲しかやらなかったから、みんな絶対文句言ってるなwwwもっとやれこらーってww」

不意に葵が俺の胸に飛びついて来た。

「どうした?」
「私、明日頑張ってクラスの人に声かけてみる。友達いっぱい作ってみせる」
「ああ。頑張れ葵」
「うん」

目の前に続く長い坂道を俺達はゆっくりと帰っていった。繋いだ手からは葵の温もりが
伝わってきた。震えていなかった。

また俺の妹萌え度が上がった気がした。

出典: 
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