シトロン (泣ける体験談) 88941回

2004/08/22 12:48┃登録者:えっちな名無しさん◆myeig9s2┃作者:名無しの作者
593 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:03 
3ヶ月のとき、シトロンはうちに来た。 
俺は小学校三年生だった。 
それから俺は、毎朝犬小屋を覗いた。 
丸くなって寝ているシトロンを呼んで、赤い綱をつけてやる。 
川辺の空気なんて、腹の減る匂いを朝から嗅がせるためだ。 
だけど、一人歩きなんて、上等なことはさせてやらない。 
その為の赤い綱だ。 
シトロンは、小股で歩く。 
やつは俺の撫で撫で攻撃を警戒してか、 
斜め45度後ろを、とことこ歩いてくる。 
やつが糞をしたら、目の前で拾う。羞恥プレイだ。 
「こんなにしやがって、なんて健康的な犬なんだ」 
言葉責めだって忘れない。 
歩くのに飽きた俺は、シトロンを急き立てて、 
サイクリングロードを走っていく。 
道の終点、公園まで一目散に。 
水溜りの泥水なんて、飲ませてやらない。 
お前には、公園の流水がお似合いだ。 
594 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:04 
4歳のとき、シトロンの心臓に虫が見つかった。 
俺は手を変え品を変え、やつに薬を飲ます。 
バカなシトロンは気づきもしない。 
俺を信じやがって、美味そうに薬入りの餌を食いやがる。 
そんな時だって、ドッグフードなんてやらないぜ。 
高い飯なんて、お前の口には合わないだろ。 
どうせすぐに吐き出しやがる。 
お前には、味の薄い犬用メニューがお似合いだ。 
595 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:05
8歳のとき、祖父さんが死んだ。 
兄弟が泣く中、俺はじっと黙ってそれを見ていた。 
人前でなんて、泣いてたまるか。 
シトロンは俺の制服を汚して、しがみつく。 
だけど、しゃがんでなんかやらない。 
俺の頬なんか、舐めさせてやらない。 
お前には、俺の足元がお似合いだ。 
596 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:06 
12歳のとき、シトロンは神経症になった。 
後ろ足を引きずって、15分も歩けない。 
公園はおろか、サイクリングロードまでなんて、とても行けやしない。 
朝の散歩も、町内を周って、とっとと帰ってくる。 
もう一度行きたいなんて、見上げたって、知らないぜ。 
偉そうな顔をするくせに、少し歩くとしゃがみこむお前。 
お前には、町内一周程度がお似合いだ。 
597 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:07 
13歳のとき、シトロンは行方不明になった。 
仕事から帰ってきたら、いつもの小屋に、姿が無い。 
赤い綱も無くなっていた。 
俺のシトロンを、誰が連れて行きやがったのか、 
俺は家族を問い詰めた。 
だけど誰も知らない。 
町中、あっちこっちを走り回った。 
だけど、どこにもシトロンはいない。 
真夜中になって、ぐったりしたシトロンが帰ってきた。 
近所のババアが、勝手に連れて行っていた。 
問い詰めると、そのババアは毎日俺たちの目を盗んで、 
シトロンにプリンだの味の濃い煎餅だのも、勝手に食わせていた。 
そんな人間様の食い物をやるんじゃねえ。 
怒る俺に、ババアはいけしゃあしゃあと、 
「散歩に行けなくて、可哀想」だなんて言いやがった。 
それを決めるのはお前か? 
医者と相談していたのはお前か? 
違う、俺だ。シトロンは俺の犬だ。 
ババアを警察に引き渡して、俺はシトロンを家に入れた。 
庭の小屋になんか、もう帰してやらない。 
お前には、俺の傍がお似合いだ。 
598 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:07 
14歳のとき、シトロンは寝たきりになった。 
糞尿だって垂れ流し。 
飯だって、俺様が食わせてやらなきゃ食えなかった。 
「オラオラ腰を上げろよ」 
ご主人様にケツを拭かせるなんて、なんてやつだ。 
お前のために流す涙なんて、俺には無い。 
悲しそうに見上げるなんて生意気だ。 
お前は黙って、甘えてればいいんだよ。 
堂々と寝そべってやがれ。 
お前には、暖かい部屋がお似合いだ。 
600 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:27 
一年後の秋の日、シトロンは死んだ。 
虹の向こうになんて、俺の許しも得ずに逃げやがった。 
黒いくせに、時々青くも見えた瞳を半分開けたまま。 
俺は、シトロンの目を閉じる。 
それから、濡れた頬をなでる。 
硬くなった身体は、地面に張り付いたようだった。 
幸せそうに眠りやがって。 
帰ってこいなんて、言わないからな。 
俺が虹の向こうに着くまで、祖父さんと一緒に待ってやがれ。 
お前には、静かな朝がお似合いだ。 
601 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:27 
お前の毛布も、おもちゃも、ずっと俺は捨てられない。 
どうして15年しか生きなかった。 
俺の力が足らなかったのか。 
それとも、もっと早く送っちまった方が良かったのか。 
どうせなら妖怪にでもなればよかったのに。 
ミルクくさい香りで、家が満たされて、 
お前の匂いも、家中からどんどん消えていく。 
虹が出たら俺は、小さな手を引いて、 
サイクリングロードを歩く。 
俺の幸せを、お前に見せつけてやる。 
虹の向こうで、待ってやがれ。 
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