去年の夏、1人でプロ野球の試合を観戦に行ったんだ。 田舎だから興行は年1回だけ。なのに空席が結構目立つ。 俺が子供の頃は、待ちかねた地元の野球ファンでスタンドが埋まったもんだが。 券売所で並んでたら、俺のすぐ前で何やら揉め事が始まった。 「えっ!? お金払わなきゃいけないんですか?」という声が聞こえる。 やり取りを聞いてると、客が割引券をタダ券と勘違いして入ろうとしたらしい。 係員に「先に券売所へ行って」と言われ、 割引券をそのまま入場券と引き換えてもらえると思って券売所に来たようだ。 客は30代とおぼしき女の人と10歳くらいの男の子。親子らしい。 2人とも質素というか、はっきり言ってみすぼらしい身なりだった。 「お母ちゃん、お金払ったら入れるんでしょ?」 「でもね、払ったら帰りのバス代がなくなっちゃうんだよ…」 子供は心の底からガッカリした様子だった。 手に提げた紙袋からメガホンとか応援グッズがのぞいてたが、どれも手作りっぽい。 肩にかけた小さな応援幕も、よく見たら手縫い。母親が丹精込めて縫ったんだろう。 数少ないプロ野球の興行。ずっと楽しみにしてたんだろうな。 「ごめんね、お母ちゃん馬鹿だから知らなかったんよ…」 「……」 「帰りに棒アイス買ったげるから。…ほんとごめんね」 申し訳なさそうな母親の様子に、男の子は涙目になりながら黙って頷いた。 俺が子供なら「フザけんな、ババァ!」と悪態の一つもつきたくなるところだが、 母親思いの子だ。家が貧乏だと分かってるから、無理を言えないのかもしれない。 そう考えたら胸が締め付けられる思いがした。 「どうもすみませんでし…」 母親が窓口を離れようとした瞬間、俺は身を乗り出して窓口に5千円札を置いた。 「これで大人2枚と子供1枚…この人たちの分も」 とっさの行動だった。格好つけたいという気持ちはなかった。 勝手に他人の分を払うのは失礼に当たるかも、なんてことも考えが及ばなかった。 とにかくこの親子をこのまま帰しちゃダメだ、と思ったんだ。 親子は呆気にとられていたが、 券を渡したら母親が「そんな、困ります」と受け取りを拒もうとする。 「要らないんだったら捨てても、ダフ屋に売っても構いません」 「そんな…」 「でも、できれば子供さんだけでも入れてあげてほしいんです」 子供の野球離れが叫ばれて久しい。野球を応援し続けるファンの興味も、 日本のプロ野球からメジャーリーグに移りつつあるようだ。 俺が小さかった頃と比べても、スタンドの子供の数はぐっと少なくなった。 こういうちびっ子ファンを引き留めなければ、日本のプロ野球に未来はない …なんてことは、あとから取って付けた理由だ。 俺の脳裏に浮かんだのは十数年前、この子と同じくらいの年で 親に連れられて初めて生で観戦した時の記憶だった。今も鮮明に覚えてる。 前夜は興奮してあまり眠れなかった。球場は想像よりちょっと小さかったが、 賑やかな鳴り物の応援、飲み物を売りに来るお兄さん、どこかのどかな野次、 何もかも新鮮だった。帰りに親にねだって買ってもらった ひいきの選手のサイン入りミニバットは、今も部屋の隅に飾ってある。 うちも裕福な家庭じゃなかったが、わがままを聞いてくれた親に感謝してる。 あの時の感動をこの子に味わわせず帰すわけにはいかない。 「なあ、ボクも観たいよな?」 「う…うん…」 おずおずと母親の顔を見ながら、男の子が小さく頷いた。 母親は目に涙を浮かべ、俺に向かって深々と頭を下げた。 男の子が内野スタンドから手製のメガホンで声援を送る。 小柄だから10歳くらいかなと思ってたが、聞けば6年生だという。 会費が払えないため地元の少年野球チームに入れなかったが、 「中学に上がったら絶対、野球部に入ってショートを守るんだ」と目を輝かせる。 隣で見守る母親の慈愛に満ちた優しい笑顔が印象的だった。 小さな夏の思い出。 もちろん帰る途中、餓鬼の目の前で母親をおいしくいただいた。 餓鬼が興奮してたから途中で代わったんだが、2時間で8発のスタミナには驚いた。 最後は母親も自分から息子に跨がって、ガンガン腰使いながら嬉し涙を流してたな。 これも小さな夏の思い出。 出典:読めましたか。そうですか、すみません。 リンク:でも、オチの部分は実話。マジでおいしかったです。 |
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