593 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:03 3ヶ月のとき、シトロンはうちに来た。 俺は小学校三年生だった。 それから俺は、毎朝犬小屋を覗いた。 丸くなって寝ているシトロンを呼んで、赤い綱をつけてやる。 川辺の空気なんて、腹の減る匂いを朝から嗅がせるためだ。 だけど、一人歩きなんて、上等なことはさせてやらない。 その為の赤い綱だ。 シトロンは、小股で歩く。 やつは俺の撫で撫で攻撃を警戒してか、 斜め45度後ろを、とことこ歩いてくる。 やつが糞をしたら、目の前で拾う。羞恥プレイだ。 「こんなにしやがって、なんて健康的な犬なんだ」 言葉責めだって忘れない。 歩くのに飽きた俺は、シトロンを急き立てて、 サイクリングロードを走っていく。 道の終点、公園まで一目散に。 水溜りの泥水なんて、飲ませてやらない。 お前には、公園の流水がお似合いだ。 594 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:04 4歳のとき、シトロンの心臓に虫が見つかった。 俺は手を変え品を変え、やつに薬を飲ます。 バカなシトロンは気づきもしない。 俺を信じやがって、美味そうに薬入りの餌を食いやがる。 そんな時だって、ドッグフードなんてやらないぜ。 高い飯なんて、お前の口には合わないだろ。 どうせすぐに吐き出しやがる。 お前には、味の薄い犬用メニューがお似合いだ。 595 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:05 8歳のとき、祖父さんが死んだ。 兄弟が泣く中、俺はじっと黙ってそれを見ていた。 人前でなんて、泣いてたまるか。 シトロンは俺の制服を汚して、しがみつく。 だけど、しゃがんでなんかやらない。 俺の頬なんか、舐めさせてやらない。 お前には、俺の足元がお似合いだ。 596 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:06 12歳のとき、シトロンは神経症になった。 後ろ足を引きずって、15分も歩けない。 公園はおろか、サイクリングロードまでなんて、とても行けやしない。 朝の散歩も、町内を周って、とっとと帰ってくる。 もう一度行きたいなんて、見上げたって、知らないぜ。 偉そうな顔をするくせに、少し歩くとしゃがみこむお前。 お前には、町内一周程度がお似合いだ。 597 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:07 13歳のとき、シトロンは行方不明になった。 仕事から帰ってきたら、いつもの小屋に、姿が無い。 赤い綱も無くなっていた。 俺のシトロンを、誰が連れて行きやがったのか、 俺は家族を問い詰めた。 だけど誰も知らない。 町中、あっちこっちを走り回った。 だけど、どこにもシトロンはいない。 真夜中になって、ぐったりしたシトロンが帰ってきた。 近所のババアが、勝手に連れて行っていた。 問い詰めると、そのババアは毎日俺たちの目を盗んで、 シトロンにプリンだの味の濃い煎餅だのも、勝手に食わせていた。 そんな人間様の食い物をやるんじゃねえ。 怒る俺に、ババアはいけしゃあしゃあと、 「散歩に行けなくて、可哀想」だなんて言いやがった。 それを決めるのはお前か? 医者と相談していたのはお前か? 違う、俺だ。シトロンは俺の犬だ。 ババアを警察に引き渡して、俺はシトロンを家に入れた。 庭の小屋になんか、もう帰してやらない。 お前には、俺の傍がお似合いだ。 598 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:07 14歳のとき、シトロンは寝たきりになった。 糞尿だって垂れ流し。 飯だって、俺様が食わせてやらなきゃ食えなかった。 「オラオラ腰を上げろよ」 ご主人様にケツを拭かせるなんて、なんてやつだ。 お前のために流す涙なんて、俺には無い。 悲しそうに見上げるなんて生意気だ。 お前は黙って、甘えてればいいんだよ。 堂々と寝そべってやがれ。 お前には、暖かい部屋がお似合いだ。 600 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:27 一年後の秋の日、シトロンは死んだ。 虹の向こうになんて、俺の許しも得ずに逃げやがった。 黒いくせに、時々青くも見えた瞳を半分開けたまま。 俺は、シトロンの目を閉じる。 それから、濡れた頬をなでる。 硬くなった身体は、地面に張り付いたようだった。 幸せそうに眠りやがって。 帰ってこいなんて、言わないからな。 俺が虹の向こうに着くまで、祖父さんと一緒に待ってやがれ。 お前には、静かな朝がお似合いだ。 601 名前: わんにゃん@名無しさん [sage] 投稿日: 04/08/13 08:27 お前の毛布も、おもちゃも、ずっと俺は捨てられない。 どうして15年しか生きなかった。 俺の力が足らなかったのか。 それとも、もっと早く送っちまった方が良かったのか。 どうせなら妖怪にでもなればよかったのに。 ミルクくさい香りで、家が満たされて、 お前の匂いも、家中からどんどん消えていく。 虹が出たら俺は、小さな手を引いて、 サイクリングロードを歩く。 俺の幸せを、お前に見せつけてやる。 虹の向こうで、待ってやがれ。 |
投票 (・∀・):5017 (・A・):2933 →コメントページ | |
|
トラックバック(関連HP) トラックバックURL: http://moemoe.mydns.jp/tb.php/900/ トラックバックURLは1日だけ有効です。日付が変わるとトラックバックURLが変わるので注意してください。 |
まだトラックバックはありません。 トラックバック機能復活しました。 |
Google(リンクHP) このページのURLを検索しています |
検索結果が見つかりませんでした |