1年半前くらいかな、式の3週間前に、婚約を破棄されたんだ。
当時、俺は31歳で彼女は27歳で、俺と彼女と5年つきあってた。
1999年の9月から、そのキャンセルは2004年の8月だった。

思い出はね、そりゃたくさんある。
色々なところに出かけたし、いっぱい遊んだし、長く長く一緒にいたから。

例えば、小学校からずっとサッカーやってる俺が、日韓W杯のチケットを取りたくて、
あちこちの電話を使って登録してた時、
彼女は「私も家族の電話みんな使って登録するね」と言ってくれて。
そしたら、彼女の登録番号が最優先の番号になった。
下2桁が、70幾つか、だったと思う。
それはつまり100分の1の確率で、「俺とコイツは運命だな」、なんて思ったりした。

思い出は、話せばキリがない。
いいことも、そうでないことも、笑った景色も泣かせたことも、
幸せだった思い出もたくさんある。
そういうのが全部、真っ白っていうか崩れたっていうか、
全てが否定されたような気持ちになった。

何度も泣いた。
親や会社の上司に、「結婚、ダメになっちゃいました」って話しては涙が溢れて、
会社の非常階段で1人で泣いたこともある。
「楽しいことも悲しいことも、幸せな気持ちもたくさんもらったけど、
結婚するには、あなたはどこか、違うんじゃないかなと思いました」
って、彼女からはたったそれだけの手紙をもらって。
手紙から2週間して、ようやく会って話せた時も、途中からはボロボロに泣いた。
泣いたら駄目だ、ちゃんと話をしなきゃって思うほど、溢れる涙が止まらなかった。
もう、引き返すことは出来ないんだなって。

その手紙をもらう、ほんのその3日前まで、俺は彼女と夏休み旅行に行っていた。
後から考えれば、そういえば様子が変だったかなってとこもあったけど、
その時の俺は、彼女の様子に気付けなかった。
浮かれてたのかな、結婚で。
ちょっと自分がアホみたく思えた。

プロポーズは、04年の2月29日したんだ。
言葉はありふれてて、「俺と、結婚してください」って。
でも4年に1回しか来ない、そんな日を選んで。
滑りに行った雪山の真っ白な中で、そう伝えた。
「うん、いいよ」
そう言った彼女の笑顔が、嬉しそうだった。

俺が言いたいことは、その婚約破棄が泣けるとかどうこう、ということじゃなくてね。

今、少し前の「土曜日」の話を読んでて、「あの頃は空が澄んで見えた」って。
それで、少し泣けそうになったから。
もう今は、あの失恋のこともほとんど思い出しもしないけど、
ふと、泣けそうになって。

しばらくずっと、「待とう、戻ってくる」って、俺はそう思ってた。
もう1度、きちんと気持ちを伝えに行こうと思ってた。

でも結局、出来なかった。
もう1度拒否されるのが、たまらなく怖かったんだと思う。
どうせ」ムリなんじゃないかって。
情けないけど。

大人になるのは、汚れていくことだ。
「あの頃済んでたのは、空じゃなくて俺たちの目と心だ」。

経験して、世間を知って、大人になって。
人はそうして汚れていくくせに、臆病にもなっていくんだなって。

例えば何も知らない初めての失恋だったら、
何も考えずに、当たって砕けても、もう1度向かって行けたんだろうか。
「どうせ」駄目だった、としても。
大人になっていくことは、何かを失うことなのだろうか。
失ったものの代わりに、何を得られたんだろう。

俺は、彼女を恨んだし、憎んだ。
どうして俺の人生を潰すようなこんなひどい醜いことを、
と呪いたくなるくらい苦しかった。
手紙だけで、俺と向き合って話しもせずに責任逃れして、って。
けれど、自分の心に向き合えず逃げたのは、俺だったのかもしれない。

ふとそれを思い、俺はちょっと泣きそうな気持ちになった。
土曜日のその澄んだ空に、戻らない景色が1つずつ、流れてはまた、消えていくようで。
色あせた空の色。
「長かったね」、って彼女の最後の言葉を、駅のホームのベンチで聞いたのを思い出した。

半年後に俺は、彼女からもらったモノを全て、ダンボールに詰め込んで送り返した。
もらったプレゼントも、その包装紙も、借りてた本やCDも、手紙も写真も全て。
もしかしたら、ひどく傷付けてしまったのかもしれない。
でもきっと、あの時は、ああするしか出来なかったんだろうとも思う。

あれから1年、俺は来月、結婚する。もちろん、全く別の女性だ。

彼女との5年間は、それ以上でも以下でもない。
自分の大事な人生の中の、5年間と言う変わらない時間だ。
婚約破棄から、辛く苦しい時間もあったけど、
それをプラスの力にして、悲しみも優しさに変えて、
家族になる人を、大切に、幸せに、守っていきたい。
失うものもあるけど、変わらないものだってある。
失敗や「さよなら」が教えてくれることも、人生にはたくさんある。

明日は土曜日だ。
少しゆっくり、のんびり過ごそう。