跡形も残らない夜空 vol.1 http://moemoe.mydns.jp/view.php/13668 だが夕方から、また体調が悪くなってきたようだ。周りの音は聞こえにくいし、モニターもかすんで見える。なかば朦朧としながら、なんとか作業を進めていた。 「K君?」 紗恵さんの声で、はっと我に返る。紗恵さんとM美が俺の顔を怪訝そうに見ていた。 「あ、はい。なんですか?」 「さっきから呼んでるのに……どうしたの?」 「仕事に熱中してたんですよ」 冗談交じりに言ったが、紗恵さんは笑わなかった。 「ちょっと……ごめんね」 紗恵さんが手を伸ばし、俺の額に触れた。紗恵さんの手はひんやりしていた。 「ええッ、すごい熱じゃない!」 紗恵さんは驚いた声を上げる。M美も俺の首筋に手を触れる。 「うわ、ありえないし!」 「いや、大丈夫ですから」 「大丈夫じゃないわよ、どうして黙ってるの」 そう言うと紗恵さんは、主任の席に行って、なにか話した後、戻ってきた。 「主任には話したわ、今日はもういいから早く帰りなさい」 「いや、でも仕事が忙しいのに……せめて定時までは」 「なに言ってんの、無理よ、そんな熱じゃ。倒れたりしたらどうするの?」 「すみません……」 もうなにを言っても仕事をさせてもらえそうにない。 「でも一人で帰れる? 誰かに送ってもらった方がいいかも。K君の家の方面を回る営業の人いないかな」 「ああ、大丈夫です、帰れますから」 「タクシー呼びましょうか?」 M美が言った。 「そうね、そうしてくれる? 電話帳そこの棚にあるから」 M美がタクシー会社に電話していた。大丈夫だから、と止める気力もなく俺はぐったりとしていた。 「タクシー、すぐ来るそうですよ」 受話器を置きながらM美が言った。紗恵さんが、俺の肩に手をかけ、覗き込むように話しかける。 「大丈夫? 立てる?」 こんなときなのに、至近距離で見る紗恵さんの顔は、ほんとに綺麗だと思った。いつものロンの香りがした。 「あ、平気です、一人で歩けますから」 俺はフラフラしながら立ち上がる。天井が回って、足下が揺れ、船にでも乗っているようだ。 「おいおい、大丈夫かー?」 「気つけて帰れよ」 周りの先輩達が、口々に声をかけてくれる。俺は頭を下げ、 「すいません、お先に失礼します」 そう言って、紗恵さんに支えられるようにして部屋を出た。M美が俺の鞄を持ってくれて、後に続く。 「ね、心配だから家に着いたら電話くれる?」 「ああ、はい。すみません、忙しいときなのに迷惑かけて」 「気にしなくていいから。明日は休んでいいからね」 会社を出ると、タクシーはもう来ていた。 紗恵さんに押し込まれるように、タクシーに乗った。M美が鞄を渡してくれた。 「ああ、ありがと」 「気つけてね」 紗恵さんが身体を半分タクシーの中に乗り入れ、なにかメモした紙を俺の手に握らせた。 「私の携帯番号だから。家に着いたら電話して」 「は、はい……」 「じゃ、お願いします」 紗恵さんは運転手にそう言うと、車から離れた。ドアが閉まる。俺が住所を告げると、ゆっくり車は動き出した。 後ろを振り返ると、二人が車を見送っていた。俺はちょっと頭を下げると、座席に身体を沈み込ませた。 部屋に着き、のろのろと着替える。ああ、そういえば電話してって言われてたっけ。 脱いだジーンズの尻ポケットを探った。紗恵さんの携帯番号。三度コールして紗恵さんが出た。 「もしもし」 「Kです、今着きました」 「そう、よかった。大丈夫?」 「はい、申し訳ないです。仕事が忙しいときに……」 「いいの、気にしないで。薬飲んでよく寝てね」 「はい、わかりました」 「明日は休むのよ、部長には私から言っとくから」 「有り難うございます」 電話を切ると、一気に脱力感が襲ってきて座り込んだ。ああ、やっちまった、よりにもよってこんな忙しいときに倒れるなんて。 紗恵さんの力に少しでもなりたいと我慢して、かえって迷惑をかけてしまった。 昼間行った病院でもらった薬を飲み、ベッドに倒れ込んだ。うつらうつらしては目が覚める、を繰り返した。脈拍がかなり早い。あまりにも熱が高いとしんどくって眠れないもんだな。 色々な夢を繰り返し見た。 「この忙しいときに休むなんて使えないわね!」 「そんなざまで紗恵さんに追いつこうなんて百年早いよ!」 と、紗恵さんとM美に責められる夢。目が覚めたときは汗びっしょりだった。 そうかと思うと、紗恵さんが俺の部屋に来てくれて看病してくれている、という夢も見た。 目が覚めるたびに汗だくになったTシャツを着替え、水を飲む。 次に目が覚めたのは、朝の七時半だった。普段起きている時間だ。休みの日でも、この時間帯に一度は目が覚める。とりあえず勤め人が板についてきたというところか。しかし、いちばん休んじゃいけないときに休むなんて、社会人失格だな。 熱を計ると、三十八度丁度だった。昨日タクシーに乗せられた頃はそれ以上あったに違いない。汗をかいたせいか、熱が下がったのだろう。昨日よりは楽になっていた。 九時五分前に、リダイヤルで紗恵さんに電話する。紗恵さんはすぐに出た。 「K君?」 俺の番号、メモリーに入れてくれたんだ。 「お早うございます」 「お早う。具合どう?」 「熱はだいぶ下がってます。昨日はすいませんでした」 「いいのよ。今日は休みなさいね、部長にはもう言っといたから」 「あの……昼くらいからなら出れそうですけど」 「なに言ってんの。そんなことしたら許さないからね」 紗恵さんは叱りつけるような口調で言った。 「でも」 「駄目。来ても追い返すからね。それよりキチンと食べてるの?」 「はい、なんとか」 これは嘘だ。食欲がないし、買いに出かける気も起きないし、なにか作る気にもなれない。胃が昨日からシクシクと痛んでいる。なにも食わずに、薬を飲んでいるので、胃の中が荒れているようだ。 「それならいいけど……。今日は金曜だから、三日間おとなしく寝てなさいよ。もし月曜も具合悪かったら休んでいいから」 いくらなんでもそんなことはできない。 「じゃ、すいません、今日は休ませていただきます。部長には直接言ったほうがよくないですか?」 「今日は朝イチでクライアントの所へ行ってるから、今いないのよ。もう了承は得てるから大丈夫」 「はい、ありがとうございます」 「お大事に。ゆっくり休んでね」 電話を切って、ベッドに寝転がる。はあ……俺ってほんと使えねーやつだな。 昨日の朝からなにも食べていないにもかかわらず、食欲はまったくなかった。しかしなにか食べないと。 パンが残っていたので、焼きもせずジャムを塗って口に押し込んだが、半分も食えなかった。とりあえず絶食よりはましだろう。薬を飲んで再び眠った。 ウトウトしていると、携帯が鳴った。夜の七時を回ったところだ。着信はM美だった。 入社当時、新入社員だけで飲みに行ったとき、なぜか全員で携帯番号を教えあったのだ。だからと言って、かけたりかかってきたりすることは、ほとんどなかった。 「はい、もしもし」 「あ、K君、あたし、M美」 「ん? どうかした?」 「今さ、近くの駅にいるんだけど、K君のアパートまでの道順教えてよ」 「え? 来てるの?」 「うん、紗恵さんに様子見てきてって言われてさ、差し入れ持ってきたの」 紗恵さんが? てことは紗恵さんは来てないのか。 少しがっかりしたが、考えればただの会社の同僚なのに、普通そこまでしないよな。それなのにM美は来てくれてるのだ。 「ああ、駅を出たらコンビニがあるから……」 駅から部屋までの道順を教える。 「んじゃ、すぐ行く」 電話が切ってから、十分ほどしてドアをノックする音。ドアを開けるとM美が両手にビニール袋を持って立っている。ノックじゃなく、蹴飛ばしたみたいだな。 「悪いな、わざわざ」 「具合どう? うわ、ひどい顔だねー、ゾンビみたいだよ」 いきなり憎まれ口かよ。 「あーもう、どうとでも言ってくれ。ボロボロなのは自分でわかってるから」 「ははは、ほんとだね。はいこれ、紗恵さんがお金出してくれたんだよ。急いでたから、気の利いたもの買えなかったんだけど」 「あ、ありがとう」 ドラッグストアのビニール袋に、なにやらたくさん入っている。ずしりと重かった。 「どうなの? 少しはよくなった?」 「ああ、ずいぶんましだよ。悪いな、迷惑かけて」 「大丈夫、K君がいなくてもきちんとやれてるよ」 「……そうか」 「もう、あっさり落ち込まないでよ。そりゃ正直キツイけどね、手の空いてる人に入ってもらって、なんとかやってるから」 「すまん、ほんとに。情けないよ」 「まあ、しょうがないよ。よくあんなになるまで我慢したよね。紗恵さん気にしてたよ、無理させすぎたんじゃないかって」 「え? そんな、紗恵さんは悪くないのに……」 M美は慌てる俺の顔を見て、吹き出す。 「ほんと、紗恵さんのことになると気弱だね、君は」 「あ、いや……」 「ま、いいわ。ほんとはここで部屋の掃除でもして、お粥でも作ってやらなきゃいけないんだろうけど」 M美は、悪戯っぽく笑って言う。 「え? いいって。悪いよ」 「一人暮らしの男の部屋に上がり込むのもなんだしね、帰るよ」 「ごめん、ほんとわざわざありがとう」 「構わないよ。どうせ帰る方向同じだし、三駅ほど乗り過ごすだけだからね」 「ありがと。うれしかったよ」 M美は少し照れたように、 「素直だね、今日は。いつもそうなら……」 そう言ってふと表情を変える。 「な、なに?」 「紗恵さん、迷惑だなんて怒ってなかったよ、気にしないで休みなよ」 「そ、そう」 なんかM美にまで気を遣わせちまったな。 「来週もなんだったら休んでもいいって、紗恵さん言ってたよ」 「まさかそんなわけには。明日明後日で十分治るよ」 「あまり無理しないでよ。んじゃ〜、帰りますか、お大事に」 M美は、そう言うと踵を返した。 「ああ、気つけて帰れよ。ありがと、ほんとに」 M美の後ろ姿に、俺が言うと、M美は振り返ってニッと笑う。 「よかったねえ、紗恵さんの携帯番号ゲットじゃん!」 「あ……」 M美は、手を振ると階段を下りていき、見えなくなった。 部屋に戻って、ベッドに腰を下ろした。そういえば、紗恵さんの携帯番号教えてもらってたんだ。熱のせいか、すっかり忘れてた。リダイヤルから、『紗恵さん』で登録する。会社じゃ、何人もの男が、教えてもらいたがってるんだろうな。 しかし、たなぼたというか怪我の功名というか。どっちにしろ素直に、ラッキーだ、とは言えないな、状況が状況だ。 袋の中身を見ると、ポカリスエット、ミネラルウォーター、栄養ドリンク、カロリーメイト、フルーツゼリー、レトルトのお粥が数種類。紗恵さんがお金出してくれたって言ってたけど、結構な金額じゃないか。 それにこれだけの量を持って歩くのは大変だったろう。紗恵さんほどじゃないけど、M美も割と細身なのに。心からありがたいと思った。 飲料水やゼリーを冷蔵庫に入れた。助かったな、もう水がほとんど無かったのだ。かといって買いに出る気力もなくて、水道水を飲もうかと思っていたところだ。 紗恵さんに電話する。 「もしもし」 「Kです。あの、ありがとうございました。気を遣っていただいて……」 「ああ、M美ちゃん、もう着いたんだ。具合はどう?」 「はい、だいぶましです。月曜は会社出れそうです」 「無理しなくていいよ、しっかり治さないと」 「はい、でも大丈夫だと思います。あの、まだ仕事中ですか?」 「ん、まあね。そろそろ終わろうかな、と思ってるけど」 「すいません、忙しいのに」 「もう気にしなくていいって。あ、M美ちゃんまだいる?」 「いえ、もう帰りましたけど」 「あれ、すぐ帰ったの? お粥でも作ってあげなよって言ったんだけどね」 紗恵さんはそう言うと、意味ありげに笑った。 「まさか、そこまでしてもらうわけには……」 「ふふ、まあいいわ。じゃ、月曜に出てこようと思ってるのなら、あと二日しっかり休むのよ」 「はい、あの、ほんとにありがとうございました」 「どういたしまして。じゃあね、おやすみなさい」 つられておやすみなさいと言いそうになったが、紗恵さんはまだ仕事をしているのだ。 「は、はい。失礼します」 電話を切る。M美に、お粥作ってあげれば、って。紗恵さん、なんか誤解してるんじゃないだろうな。 相変わらず食欲はなかったが、レトルトのお粥を温めて食べた。久し振りに熱い物を食べ、少し食欲が戻ってきたのか、全部平らげる。 とにかく週明けには会社に出られるようにしないと。薬を飲んで、とにかく寝よう。今はそうするしかない。 土、日は寝て食べて薬を飲んでまた寝て、を繰り返した。差し入れのおかげで買い物に出なくて済んだ。日曜は夕方からも熱が高くなることもなく、夜には平熱になっていた。 三日ぶりに風呂に入り、さっぱりする。熱はもう出る気配はない。これなら明日から会社に出られそうだ。薬を飲んで、もう寝よう。 月曜日。少し早めに部屋を出る。歩くと少し目眩がしたが、それもすぐに治まった。 会社に着いて、準備をしていると紗恵さんが出社してきた。 「お早うございます」 「お早う。どう? もう大丈夫なの?」 心配げな顔で紗恵さんが聞いてきた。 「はい、もう大丈夫です、迷惑かけてすみません」 言いながら頭を下げた。 「もういいってば、そんなに謝らなくても」 そう言うと、紗恵さんはそっと俺の額に手を当てた。あまりにも自然な動作だった。どきりとする。 仕事を教えてくれるときにも、時々手が触れ合うことがあったが、いつも紗恵さんの手はひんやりしていた。 『私、体温低いのよね』 そう言ってたのを思い出した。 「うん、熱はないみたいね。もうあんな無茶しないでよ、びっくりしたわよ、あのときは」 「すいませんでした、差し入れどうもありがとうございました」 「ああ、あれね。気にしないで」 紗恵さんはこともなげに言った。 「あの、幾らかかりました? 申し訳なくて……」 「いいの。お見舞いだと思ってよ。お金出しただけで買ってくれたのはM美ちゃんだしね」 「いえ、助かりました、ほんとに。ありがとうございました」 紗恵さんはくすっと笑った。 「じゃ、今日も頑張ろうか。あ、でも具合悪くなったらすぐ言ってよ」 「は、はい」 M美も出社してきた。俺が礼を言うと、 「もう散々聞いたよ。また無理して倒れないでよ」 ぶっきらぼうな言葉が返ってくる。ま、こいつはいつもこんなだ。 とにかく今まで休んだ分頑張らないと。 「じゃ、M美ちゃんは、ここのレイアウトを訂正してくれる? 大まかな指示はしてあるけど、細かい調整は任せるね」 「はい、わかりました。他のページと統一感持たせた方がいいですか?」 「そうね。でもここはイメージ写真のところだから、それほど気にしなくていいよ」 「はい」 「K君はここのオプション紹介のところを調整して。先方が、もう少し見やすいようにしてくれって言ってるの」 「はい」 「トリミングを少し変えて、商品が目立つようにしてね。収まりが悪いようなら、縮小していい画像にはペンで印してあるから」 「これとこれですね、わかりました」 今回の校正戻りで最終決定だろう。これで先方OKが出るようにしないと。 ひと通り終わると、カラーコピーを出力し、紗恵さんにチェックしてもらう。さらに修正点があれば、紗恵さんが朱を入れる。 当然ながら、紗恵さんのチェック後は、俺が訂正したままのものに比べると格段に見栄えがよくなる。本当は紗恵さんがわざわざチェックを入れなくてもいいようにしなきゃいけないんだけど、まだまだだな。 定時を過ぎた。 「K君、今日はもう終わっていいよ」 「え。でも、まだ早いし」 「まだ本調子じゃないでしょ、あまり無理しないで」 休んだことを考えると、もっと残業しないといけないんだけど、まだ体調が不安定なのも確かだ。無理をして、ぶり返しでもしたら、それこそ申し訳が立たない。仕方ない、今日は帰るか。 「じゃ、すいません。お先に失礼します」 「お疲れさま、睡眠は十分取ってね」 紗恵さんの優しさが身に沁みた。部屋を出て廊下を歩いていると、ジュースを買いに出ていたM美とすれ違う。 「あ、今日はもう終わり?」 「うん……なんだか紗恵さん、気を遣ってくれてるみたいでさ」 「ま、今日のところはしょうがないね」 「悪いな、お前にも負担かけちゃって」 「もういいって。とりあえずお疲れ〜。道草なんかせずに帰りなよ」 「ああ、お先」 会社を出る。振り返ると、明かりのついたデザイン部署の窓が見える。みんなは今日も遅くまで仕事をするんだろうな。 体調管理も仕事のうちか。それすらできてないようじゃ、半人前どころじゃないな。思わず溜息が出た。 その週の木曜日。紗恵さんが、 「K君、今度の土曜日、どうしても外せない予定とかある?」 と聞いてきた。 「今週末ですね、とくにないですよ」 「申し訳ないけど、休日出勤してもらえないかな?」 システムキッチンの仕事はいよいよ追い込みだった。 「ああ、構わないです。日曜日はいいんですか?」 「日曜はいいわ。M美ちゃんが出てくれることになってるから」 「そうなんですか。いいです、俺も出ますよ」 「休み無しはキツイから、それはしなくていいよ」 「はあ、でも」 っていうことは紗恵さんは土日両方出勤するってことなんじゃ? 「紗恵さんは大丈夫なんですか?」 「うん。来週でこの仕事も片がつくし、代休は取らせてもらうから大丈夫」 紗恵さんタフだなあ、こんなに細いのに。この仕事は体力仕事でもあるのだ。 「やっぱり日曜も俺出ますよ、先週迷惑かけたし」 「ふっふっふ、なによ、そんなにあたしに会いたいわけ?」 「うわ、びっくりした!」 いつの間にかM美が、後ろにいた。 「なに言ってんだよ。俺はただ……」 「あ〜、そっか。会いたいのはあたしじゃなくって〜……」 こいつ、黙らせないと。 「おい、なにを」 「仲いいねえー」 紗恵さんは、ニヤニヤしながら言う。 「やっぱりお粥でも作ってあげればよかったのにー」 ……最悪だ。やはりなにか誤解してる? 「ええ? ち、違いますよー」 M美が少し焦ったような口調で言う。あれ? なんでこいつが顔赤くしてるんだよ、余計に誤解されちゃうじゃないか! 「実はですね、このK君は……」 こいつ、なんとかしないと。 「あー! わかったわかった、じゃ日曜は任せるよ。さ、紗恵さん、俺が言うのもなんですけど無理しないでくださいね」 紗恵さんは、俺達のやり取りを見て可笑しそうに笑いながら、 「私は慣れてるから大丈夫よ。じゃ、二人ともお願いね」 そこでまた仕事に戻ったのだが。まさかM美との仲を疑われるなんて。もちろんM美のことは嫌いじゃない。世間一般に見ても美人の部類だし、明るく性格もいい子だと思う。 だけど、俺が好きなのは……。紗恵さんにだけは誤解されたくない。 そして次の週の木曜日。 「紗恵さん、お疲れさまでした」 「お疲れさまでした〜」 俺とM美は、担当営業からデータOKの報告を受けた紗恵さんに言葉をかけた。 「お陰で無事終わったよ、二人ともお疲れさまでした」 時間は夜の十時を過ぎていた。他の人たちはみんな帰っていて、残っているのは俺達三人だけだった。 「しばらく大きな仕事もなさそうだし、ちょっと余裕もできるから、明日も早く帰れるし土日はゆっくり休んでね」 「紗恵さんこそ。代休取れるんですか?」 「うん、部長に確認してからだけど、来週当たり取らせてもらうね。あなた達も休日出勤の分、代休取ってね」 「はい。でも紗恵さんが先に取ってください。二週間連続休み無しだったんですから」 後からわかったのだが、紗恵さんはその前の日曜日から休んでいなかった。俺がぶっ倒れていたときだ。今日で十二日間連続で出勤している計算になる。紗恵さんは俺のせいじゃないと言っているが、それを知ったときは申し訳なくてどうしようもなかった。 「あの……ご迷惑おかけしてすいませんでした」 俺は二人に頭を下げた。 「もう、まだ気にしてるの?」 「そんなこともありましたねー、忘れてた」 二人は笑いながら言った。 「確かに体調管理も大事なんだけどね。でも具合が悪くなったらなったで仕方のないことだから。無理すれば、結局長く休まなきゃいけないことになるからね」 「はい、わかりました」 土日が絡んでいたから、結果的には病欠は一日で済んだけど、あれが週の初めや半ばだったりしたら、三連休したことになる。 「これからは気をつければいいことだから。じゃ、帰ろうか、電源や戸締まり確認して」 「はい」 「はあい」 まだまだ新人の域を抜けない俺とM美だけじゃサポートしきれないところもあったのに、あれだけの仕事をこなしたんだから、ほんとお疲れだったよな、紗恵さん。よくみるとさすがに疲労の色が滲んで見える。それでも紗恵さんは綺麗だった。 春になった。入社して一年経つ。なんとか仕事も格好がつくようになってきた。 ふた月に一度、発行されるフリーペーパーの仕事を担当するようにもなった。とは言っても、文字がほとんどで、デザイン要素はあまりなかったけれど、自分なりに読みやすいようにレイアウト変更を提言してみたり、イラストも入れたりと工夫をした。先方の受けもよく、これからもKさんにお願いしたいです、と言ってくれてほんとに嬉しかった。 「もう新人の肩書きも卒業だね」 仕事を終えてそろそろ帰ろうかと思っていると、紗恵さんが話しかけてきた。紗恵さんも、仕事を終え、帰り支度をしている。 「そうですか? なんかまだまだ頼りないなって思うんですが」 「そんなことないよ、この一年ですごく成長したよ。自分でもそう思わない?」 「はあ、そりゃまあ」 一年前は、自分の受け持ちの仕事があるなんてこと、想像もできなかった。 「そうですよねー、入社当時は文字もまともに打てなかったし」 「今じゃクライアントから、K君あてに電話が入ってきたりするもんね」 「ははは、最初は緊張しましたよ、なんかクレームつけられるんじゃないかと思って」 紗恵さんはPCの電源を切り、椅子から立ち上がって鞄を肩から掛けた。 「K君の仕事は丁寧だから大丈夫だよ。もうすぐ、新人さんも入ってくるしね」 「ああ、そうなんだ。今年も何人か入るんですか?」 「二人入るって聞いてるよ。君も先輩になるんだよ」 「そっか、そうなるんですよね」 紗恵さんはちょっと笑って、 「じゃ、先に帰るね、お疲れさま」 「あ、お疲れさまです」 もうちょっと早く終わってれば、一緒に帰れたのに。ま、仕方ないか。 紗恵さんの机の上はいつもきちんと片づいている。どんなに仕事がたて混んでいても、原稿やペンなどが散乱しているなんてことはない。俺も無意識のうちに机の上は整理するようになっていた。 『やっぱり紗恵ちゃんの弟子だな、デザインや色遣い、仕事の進め方から、きちっと整理整頓するとこまで師匠そっくりだよ』 主任にそう言われ、嬉しく思った。主任も仕事はできるのだが、机の上は乱雑だ。よく物をなくしたりしないで、在処がわかるよな、と感心することがある。人それぞれに、合ったやり方があるんだろうけど。 そういや、主任に仕事を教えてもらっている、JとM美の机の上も結構散らかってるよな。弟子は師匠に似るのか。 弟子といえば、新人がもうすぐ入ってくるらしいけど、今年も紗恵さんが教育係になるのかな? そうなると席が隣になるだろうから、俺は別の場所に移動させられるのかな。離れたくないな……。 早く一人前になって紗恵さんに追いつこうと思いながらも、いつまでも紗恵さんの横で、色々教えてもらいたいと思ってもいる。本末転倒な話だ。紗恵さんに対する感情は高まるばかりなのに、いつまでも燻り続け、せめて横で仕事をしたいなんて、ヘタレもいいとこだな。 溜息をつき、電源を落として、立ち上がった。お先です、とまだ残業している人達に声をかけ、部屋を出た それから一週間後、新入社員が入ってきた。男女一人づつだ。挨拶のときは緊張しているのがよく判った。俺も一年前はああだったなあ。二人の教育係には主任と、もう一人の先輩がなるらしかった。とりあえず、紗恵さんとは引き続き隣同士で仕事ができる。 その日も、夜遅くまで残業していた。残っているのは俺と紗恵さんと主任だけだった。 「K君、そろそろ終わろうか」 「あ、もう十時過ぎか〜」 俺は紗恵さんが担当している通販のカタログの手伝いをしていた。季刊で、かなり分厚いカタログで、やけに見た目に凝っていて、パッと見は、高価なファッション雑誌のようだ。 「今回やけに注文多いですね、子供服をこんなにお洒落に見せてもしょうがないのに」 「売ろうとするとそうなるのよ」 「親馬鹿が多いんですかねえ」 そんな話をしながら、データの整理をする。机の上を片づけていた紗恵さんがペンを床に落とした。椅子に座ったまま、俺に背を向けて拾おうとして、身体を屈める。 紗恵さんはローライズのジーンズを穿いていた。腰まわりの露わになった白い肌が目に飛び込んできて、どきりとする。くびれた腰から左右に張ったお尻に移行する境目あたりに小さなホクロがあるのが見えた。 紗恵さん、あんなところにホクロがあるんだ…… 紗恵さんはペンを拾って、体を起こした。慌てて目を逸らす。 「そんなこと言ってて、K君も結婚して子どもができたら、そうなるんじゃない?」 「いやあ、俺はどうですかねえー」 答えながらも、頭の中はさっきの光景でいっぱいだった。 「どうしたの? 疲れた?」 心ここにあらずといった感じだったんだろう。紗恵さんは少し怪訝な表情で聞いてきた。 「いえ、そんなことないですよ」 「また無理して倒れないでね」 紗恵さんは意地悪っぽい笑顔で言う。どうもあの高熱事件の印象が強いらしくて、ことあるごとに紗恵さんは気遣ってくれた。嬉しいような情けないような複雑な気持ちになる。 「大丈夫ですよ、もうあんなヤワじゃないですから」 「頼もしいねえ、デザイナーの顔になってきたよ」 紗恵さんは、俺の背中をポンポンと叩いて笑った。なに気なく触れているんだろうけど、俺はその度にどきりとする。 紗恵さんと一緒に駅まで帰った。会社から地下鉄の駅までは十数分だが、紗恵さんと帰るときはいつも短く感じられた。 紗恵さんとは、逆方向なので、駅のホームまでだ。その日は紗恵さんが乗る方向の電車が先に来た。 「じゃあね、また明日。おやすみー」 「お疲れさまでした、おやすみなさい」 紗恵さんを見送って、駅のホームに取り残される。電車を待ちながら、先ほどの光景を思い出す。 過去に、あのホクロに触れた男がいるんだな。もしかしたら今も? 紗恵さんは俺より三歳年上だ。もしつきあっている彼氏がいるなら、結婚もあり得るんだよな。 俺は、いつかあのホクロに触れられるようになるんだろうか? 季節は夏を過ぎ、秋になっていた。 暇なときは、毎日定時で帰れるが、一旦仕事がたて混みだすと、連日遅くまで残業があり、休日出勤も当たり前のようにある。 担当しているフリーペーパーの作業が、最終段階にきていた。その号は丁度三周年を迎えるので、記念号となっていて、いつもよりページ数が多く、時間がかかっていた。休日出勤こそしていないが、ここ何日も夜十時前に帰っていない。 その日の夕方、俺は一息入れようと、販売機でコーヒーを買うと、屋上へと続く階段を上がった。 喫煙所の椅子は煙草のヤニが染みこんでいそうで座りたくなかったし、誰かが一服しに来ると、吸いたくもない煙を吸わされる羽目になる。 屋上のドアは鍵が掛かっていて、出られないが、踊り場を一つ曲がると、通路からは死角になって見えない。時々一人でボーっとしたいときにここへ来ていた。階段の途中で腰を下ろすとコーヒーのプルトップを引いた。 『今回は一人で大丈夫? 手伝おうか?』 紗恵さんは、記念号の仕事が入ってきたとき、そう言ってくれた。ページ数が多いので、気遣ってくれたようだった。一緒に作業をしたい気持ちはあったが、それではいつまで経っても、独り立ちできない。それに紗恵さんは、化粧品のパンフレットの仕事を抱えていた。それなのに手伝ってもらうなんてことはできない。 『大丈夫ですよ、これくらい、なんてことないです』 そう言って、一人で作業することにしたが、やっぱりちょっときつかった。紗恵さんなら、これくらいの量はなんてことなく、こなすんだろうな。でも、ここまでなんとか遅れもトラブルもなく順調に進行している。これをこなせば多少は一人前に近づけるかも知れない。 誰かが階段を上がってくる気配がした。ここはいわば行き止まりで、誰かがやってくるなんてことは、まず無い。こんなところにいるのを見られたら、さぼっていると思われてしまう。まずいな、と身を固くしたが、どうやら途中で立ち止まっているようだ。 なにしてるんだろう? とりあえず相手が踊り場を曲がってこなければ、見つからずに済む。俺は音を立てないようにして、そのまま引き返してくれることを祈った。 「どうしたの? この時間に電話してくるなんて珍しいね」 紗恵さんの声だった。携帯で話しているようだ。プライベートな電話で人目を避けるために、ここまできたんだろう。誰と話しているんだろ? 友達か家族? それとも彼氏だろうか? 心臓の鼓動が早くなるのを感じた。紗恵さんの声は低く、ボソボソと聞こえるだけではっきり内容は判らなかった。 「だからそれは私だって……」 「だけどそっちを……」 「……だから……じゃない」 断片的な会話が聞こえてくる。やばいな、これじゃ盗み聴きじゃないか。しかし今更出ていってこの場を離れるわけにもいかない。せめてできるだけ聞かないようにして、紗恵さんに気づかれないように息を潜めるしかない。紗恵さんの声色と口調は、少し険しかった。電話相手と喧嘩、とまではいかなくても口論に近い雰囲気があった。 「ちーちゃんが、そう言ったんでしょ」 ちーちゃん……女友達? いや、別に彼氏のことをそう呼んでもおかしくないよな。聞いちゃいけない、と思いつつも、耳に神経を集中させていた。 「私だってそうしたかったよ、だけど仕事もあるし、簡単に決められないよ!」 紗恵さんの声が少し大きくなる。やっぱり誰かと喧嘩してる? 「今仕事中だから……。ごめん、また後で」 そう言って電話を切ったようだが、紗恵さんはしばらくその場を動かなかった。俺に気づかずにいて欲しい。 ぐすっ、と鼻を啜る音が聞こえた。紗恵さん、泣いてる? 電話で喧嘩して泣くなんて、友達にしてはおかしいよな。やっぱり彼氏なんだろうか? いつの間にか汗をかいていた。紗恵さんは部屋に戻っていった後も、俺はしばらく動けず、汗を拭い、脈拍が元に戻ってから、部屋に戻った。 紗恵さんは、モニターに向かい、黙々と作業をしている。とくに変わった様子は見られなかったが、目が少し赤いような気もした。俺も作業を再開したが、先ほどの出来事が頭を離れず、集中できなかった。 「まだ続けるの?」 帰り支度をした紗恵さんが、俺に声を掛けた。 「ええ、もう少しやっていきます、このページが終わるまで」 「ふ〜ん、頑張るんだね」 そう言って紗恵さんは、身体を屈めるようにモニターを覗き込んできた。俺は間近にある紗恵さんの横顔を見た。いつもの笑顔だ。だけどどこか違って見えるような気がするのは、あの電話の一件があるからか。 「もう一人でも大丈夫だね」 紗恵さんは体を起こすと、俺の顔を見て笑った。 「そうですか? まだまだ半人前くらいですよ」 紗恵さんは首を振ると 「ううん。ほんと、頼もしくなったね」 手で俺の頭を、ちょっと撫でる。紗恵さんの何気ないスキンシップはすごく嬉しいけど、やっぱりどきりとするなあ。 「じゃ、あまり無理しないでね。お先に、また明日」 「あ、お疲れさまです」 紗恵さんは、部屋を出て帰っていった。 その夜、なかなか寝つけなかった。明日に響くから早く寝ようと思うのだが、今日の紗恵さんのことが頭から離れない。 やっぱり泣いてたよな、あのとき……。彼氏だとしたら、たまに喧嘩もするだろうけど。 『私だってそうしたかったよ、だけど仕事もあるし、簡単に決められないよ!』 紗恵さんが、あんなに感情を高ぶらせた声で話すのを、今まで聞いたことがない。また後でって言ってたから、今頃紗恵さんは、電話の相手とまた話しているんだろうか。 彼氏だとしたら、あまり上手くいってないのかな? そうだったら俺にとっては、望ましいということになる。……我ながら最低な考えだ。 でも、実際相手が誰なのかも、そもそも今、紗恵さんにつきあっている男がいるのかどうかも判ってないんだよな…… 堂々巡りの考えを巡らせているうちに、いつの間にか眠っていた。 「お早うございます」 出勤してきた紗恵さんに声をかけた。 「お早う」 紗恵さんは、いつも通りカフェラテを片手に持っている。椅子に座り、カフェラテを飲みながら、Macの電源を入れる紗恵さんをそっと横目見た。なんだかちょっと目が腫れぼったいような気がする。昨日の電話相手と夜遅くまで話していたのかな? 周りの人は気づいていないようだが、明らかにその日の紗恵さんは様子がおかしかった。作業中にぼんやりしたり、仕事のペースがいつもより遅かった。とはいえ、ミスもなく、進行を遅らせたりしないのはさすがだったけれど。 夜の九時頃。俺はすでにその日の作業は済ませていたのだが、明日にやる予定の作業をちまちまとやっていた。紗恵さんがPCの電源を切り、帰り支度を始るのに合わせて、俺もPCの電源を切った。 「K君も今日は終わり?」 「はい、紗恵さんも終わりですか?」 「うん、ちょっと遅くなったね」 「じゃ、帰りますか」 俺と紗恵さんは、まだ残っている人たちに、お先に、と声をかけ、部屋を出た。 駅までの道のりを紗恵さんと並んで歩く。やはり様子がおかしい。口数は少ないし、なにかを考え込んでいるようだ。駅のホームで電車を待っているときに思い切って聞いてみる。 「あの、大丈夫ですか?」 「え? なにが?」 「なんだか、様子が変だなと思って。具合でも悪いんですか?」 「そんなことないけど……」 紗恵さんはちょっと口ごもるように答える。 「なんかおかしいように見える?」 紗恵さんは、俺の目を真っ直ぐ見て聞いてきた。まさか昨日の電話の一件を切り出すわけにはいかない。 「え、ええ。なんとなくですけど。ちょっと心配になって」 「そっか……」 紗恵さんは視線を、自分の足下に向けた。 「そう見えちゃうのか……」 「あの……?」 「ううん、たいしたことじゃないの、なんでもないよ」 やっぱり、俺に悩みを打ち明けたりするわけないか……そんな義理無いよな。 「ふふ、K君も今、仕事追い込みなのに、人のことに気を回したりできるようになったんだね、私がK君くらいの頃はそんな余裕なかったよ」 「だって……紗恵さんのことですから」 「え?」 紗恵さんはちょっと怪訝な表情で俺を見返す。 言うか? 言っちまえ、紗恵さんが気になりますって。紗恵さんだから心配なんですって。 「俺、前から紗恵さんのことがずっと……」 そのとき、駅のアナウンスが紗恵さんが乗る方向の電車の到着を告げた。 「え? なに?」 くそ、黙れよ、駅員め。大きな警告音が鳴り響く中、轟音を立てて電車がホームに入ってくる。 「あ、電車来ちゃった。ありがとね、別になんでもないから」 「え……」 電車が到着し、紗恵さんが乗り込む。 「じゃあね、お休み」 「は、はい。お休みなさい」 ドアが閉まり、紗恵さんが笑顔で手を振る。俺は、ちょっと頭を下げて、見送った。 電車が出てしまうと、思わずその場に座り込んだ。せっかくのチャンス、とまではいかなくても、俺には珍しく勢いがついてたのに。やっぱり電話を盗み聴きした罰かな。 翌日、紗恵さんはいつもと変わらず出社してきた。 「お早うございます」 「お早よう」 紗恵さんは椅子に座り、準備を始めた。昨夜の別れ際のことが思い出される。あんなに思い切りがつくことなんて滅多にないのに。はあ……またしばらくこの状態が続くんだな。 「昨日はごめんね、なんか気を遣わせちゃって」 「ほんとに大丈夫ですか?」 「なんでもないから。でも心配してくれてありがとね」 「いえ……」 紗恵さんは、ちょっと笑うと、 「あ、そういえば昨日、なにか言いかけてなかったっけ?」 と思い出したように言った。ドキッとする。 「え?」 「ほら、私が電車に乗る間際。なにか言ってなかった? 聞こえなかったんだけど」 紗恵さん、覚えてたのか。どうする? 言うか? 「あ、ああ。あれは……」 そこへ、主任と部長が出社してきた。 「お早う!」 「あ、お早うございます」 「お早うございます」 「おう、お早う。いつも早いな、君らは」 駄目だ。朝イチの仕事場で、他の人がいる中で、言えるわけがない。 「あ、ごめん。で、なんだっけ?」 「……いえ、なんでもないです」 「……? じゃ、お互い仕事追い込みだし、頑張ろうね」 「はい……」 なんかずっとこのまんまな気がする。 跡形も残らない夜空 vol.3 http://moemoe.mydns.jp/view.php/13670 出典:* リンク:* |
投票 (・∀・):1705 (・A・):563 →コメントページ | |
|
トラックバック(関連HP) トラックバックURL: http://moemoe.mydns.jp/tb.php/13669/ トラックバックURLは1日だけ有効です。日付が変わるとトラックバックURLが変わるので注意してください。 |
まだトラックバックはありません。 トラックバック機能復活しました。 |
Google(リンクHP) このページのURLを検索しています |
検索結果が見つかりませんでした |