誰かの復讐の物語 中編 (恐怖の体験談) 6929回

2011/10/19 14:33┃登録者:痛(。・_・。)風◆pvNbTqv.┃作者:名無しの作者
【箱】と呼ばれる建物に幽閉された七人の男女。
首には謎の首輪。
脱出するためにはそれぞれの機械に記された【枷】と呼ばれる条件をクリアするしかない。

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誰かの復讐の物語 前編の続きです
未読の方は先にコチラ(http://moemoe.mydns.jp/view.php/27487)をどうぞ
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各プレイヤーの【枷】について

 【悪】
「特に無し」
自分の機械を他の機械に偽装できる。首輪はしているだけで作動することはないし、いつでも外すことが出来る。

 【偽善】
「建物内でプレイヤーが三人以上死亡するか、建物内で三台の機械の破壊が確認される」
他の機械の特殊機能を無効化できる。

 【平和】
「自分の手で機械を四つ破壊すること」
『箱』内にある壊れていない機械の位置を表示することが出来る。

 【調停】
「三人以上が自爆装置を解除する」
カメラ機能がついている。

 【孤独】
「ゲームの終了する30分前まで生存する」
一度半径3メートル以内に入れたプレイヤーにメールを送ることが出来る
しかし一方的で相手は返事を返すことが出来ず、誰から送られてきたかを知ることは出来ない。

 【信頼】
「『箱』の内部のどこかに存在する球体を3つ以上開ける(箱の場所は各プレイヤーの機械の中に示してある、悪の持っている情報の箱を開けると腕輪が起動)」
メモを書き込むことが出来る。

 【絆】
「ゲーム開始時から三十分以内に指定したプレイヤー一人のゲーム終了30分までの生存」
指定した二人の位置を表示することが出来る。

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【Who Is Killer?】 1

 ――――夕凪 春は一つの事実に気づく。

 ほぼ無心のままに俺は湊が入った教室の中へと入って、席に着いたときにやっとその事実に気がついた。
今更かと思われそうだが俺はそれだけ気が参ってたんだろう。
そう、後ろに虚の姿も華の姿もなかったのだ。

 「湊、虚と華が着いて来てないみたいなんだけど。悪いけど一回戻らないか?」

 俺がそう言うと湊は嫌そうな表情で言葉を返す。

 「あんなやつのことなど知らん。気になるなら勝手に探して来い」

 そのときの湊の言葉は酷く重く暗かった。
今までの硬いだけの言葉ではなく、正直言ってあまり聞きたくない声音だった。
そんな言い方ないだろ、と反論しようとして俺はやめる。
ここで俺達まで言い争って何になるって言うんだ。

 俺は大人しく体の向きを変え、最初に集まったあの部屋へと足を進めた。
一人だけで歩く廊下はいつもよりも響く音が大きく感じる。
寂しさを紛らわすために口笛を吹くとそれも同じように虚しく響く。
同じ響き方なのに二つの音はすれ違っていて、まるで湊と虚の様にも思えた。

 二人とも生きたいのは一緒なのになんで共鳴しないのだろうか。
湊は正しくあろうとして、すれ違う。
虚は自分らしくあろうとして、すれ違う。
悪く言えばどちらも同じエゴなのに。
いや、同じエゴだからすれ違うのか。

 なんでみんなで手を取り合うことが出来ないんだろうか。
虚のあれだって俺もよくは思ってないさ。
だけど決別するって言うのは違う気がする。
湊も「全員救ってやる」って言ってたのに、なんで見捨てたんだろう。
救って欲しかったはずなのに、あの虚でされ。

 そして俺はあの部屋に辿り着いた。
ドアはどっちが閉めたのかは知らないが、いい心遣いだと思う。
俺は引き戸に手をかけると足元に紙が落ちているのがわかった。
それを拾う。

 「この字は華の……」

 文字を見て一瞬でわかった。
これは華が残したメモなのだと。
女の子特有の丸い文字なのにどこか整ったようにも見えるその文字は華のものだとわかるには充分すぎるものだった。
紙の中央によせて書いてある文字を読む。

 「えーと、『しばらく一人にさせてください。死と言うのは私にとって……重過ぎました』……か」

 確かに中学生が同じ年頃の死を目撃するのは荷が重過ぎるだろう。
そのせいで他のプレイヤーが今は信じられないのかもしれない。
だとしたら下手に後を追うのはやめたほうがいいだろう。
逆に恐怖心を植えつける可能性さえもあるしな。

 俺はその紙を持って優花たちが待つ教室へと戻った。
静かな廊下に反響する俺の足音をリズムにして俺の慣れない口笛が歌う。
不協和音が交わったため、心地よい組曲とはいかなかったがそれなりの出来だっただと思った。

 教室の前へと着き、さっきと同じようにドアを開ける。
中には湊と初音と優花の三人がいた。
湊はイラつきを表面に出しながら足を組み、指で机を叩いていた。
初音はまだショックが抜け切らないようで優花に慰めてもらっている。
多分優花もまだ立ち直れては居ないのだろうが初音を慰めるために無理をしているのだろう。

 「でどうだったんだ、春。何かあのクソ野朗の情報は入手できたか?」

 言葉の端々にトゲがある湊の言葉。
流石に俺も少しイラッと来たため、反論を試みた。
言い争いが嫌だとか言っている場合じゃない。
こんな湊は痛々しくて見ていられなかった。

 「湊それは言い過ぎじゃないか? 確かに虚のしたことはいいことじゃないけどさ、そこまで言うほどじゃないだろ?」

 眉と口の端を吊り上げて湊は不満を表現する。
鋭く尖ったその眼光は今にも俺を射殺しそうだった。
だが俺はそれに怖気づくことなく睨み返す。
にらみ合いが数秒続いた後、湊が眼を背け口を開く。

 「確かに言い過ぎたかもしれんな。悪かった、許せ」

 言葉はまだ鋭かったものの、表情はいつもの湊に戻っていた。
自分の甘さを認め手を頭にやり深呼吸を数回繰り返していた。
それからもう二度ほど俺に謝罪を繰り返す湊の表情は本当に疲れ切っているように見える。
遊李を守れなかったのを悔やんでいるのだろう。
そして虚のあの発言に、華の離脱。
俺達を纏め上げようとしていた湊に精神ダメージは大きいはずだ。
それであんな言葉遣いになっていたのなら納得も行く。

 「わかってくれたならそれでいいさ。にしてもこれからはどうするよ? もう動かないって言う選択肢はなくなっちまったし……」

 出来ればこんなこと口にはしたくはない。
しかし遊李の死に接した以上は何か行動を起こさずには居られなかった。
少しでも早くこの首輪を外してしまいと言う気持ちが先行するからだ。
爆発するのか刃が飛び出すのかはわからない。
だがどちらにせよつけていて気持ちのいいものじゃあなかった。

 だから急いで外したいのだが俺はともかく優花の『枷』は最後の最後まで外せない条件だ。
俺もそれに合わせて外そうと思っているため、当分はこのままだろう。
しかしそれに湊と初音も合わせる必要はない。
だから俺としては協力してくれている二人にクリアして欲しいから、自爆装置の解除に付き合うつもりだった。
そのため機械を見せてくれると嬉しいのだが……それは簡単なことではないか。

 「とりあえずは俺達は協力しあうべきだろう。だから機械を見せ合うと言うのはどうだ?」 
  
 簡単なことだった。
まさかこれを湊の方から言い出すなんて予想外だったのだ。
俺と同じことを湊も思っているのだろうか?
だとしたら湊か初音の機械は【絆】か【調停】なのかもしれない。
この二つならば協力関係に居れば自然と『枷』はクリアできるから、この提案にも納得が行く。

 「俺は全然オッケーだぜ。優花もいいよな?」

 「……う、うん。いいわよ」

 初音が泣き止んだらしく、優花は俺の後ろへと寄っていた。
答える前に少し思考の時間が入ったのは、まだ湊たちを信頼しきっていないからだろうな。
優花はどうしても生きて帰らなくちゃいけない理由がある以上、周りを簡単に信用できないのは仕方ない。
だからこそ俺が着いている。
優花が疑う分まで俺が信じてみんなで協力すればいい。

 「一応確認するが……。初音、お前もいいな?」

 「あう、うん」

 涙を制服の袖で拭う初音。
やっと立ち直れたってところか。
華と同じ、とは流石に言わないが初音だったまだ大人になっていない女子高生なのだ。
もしかすると人生で初めて目の前で人が死ぬのを見たのかもしれない。
だとして、それがあんな死に方だったら一生物のトラウマになりかねないよな。
それくらい初音の精神ダメージは大きいのだ。
恐らく同じくらい、優花の精神ダメージも大きい。

 「じゃあ言い出したのは俺だし、俺から言わせて貰う。俺の機械は【絆】だ。指定したのはもちろん初音だ」

 そう言って指で機械をつまみディスプレイを俺達に見せる。
俺と優花のものと同じような字体で【絆】と書かれているのがしっかりとわかった。
湊が【絆】の機械のプレイヤーだったか。
ならこの提案を持ちかけたのは当然のことだな。
何故なら自分自身に殆どデメリットがなく、他人の機械を聞けるメリットがあるからだ。
その上自然な流れで実質的なクリア条件になる初音の『枷』のクリアに協力してもらえるならば一石二鳥どころじゃあない。

 「じゃあお呼びの掛かった私が次は言いますねっ。私の機械は【信頼】だよっ!」

 初音がトレードマークの髪をピョンピョンと動かしながら俺達に機械を見せる初音。
そこにはしっかりと【信頼】の文字が記されていた。
確か【信頼】の『枷』は「『箱』の内部のどこかに存在する球体を3つ以上開ける」だったか。
それもこのメンバーで協力していれば【悪】が居ない限り直ぐにクリアできる条件だ。

 しかしこの時点で実質的に二人のクリアが決まったようなもんだな。
俺と優花が【悪】でないことはわかりきってるし、湊と初音も言動からして違うだろう。
だとすれば誰が【悪】なんだ、となるが別にそれは今解を求める必要はない。
じっくりと考えて行けばいいさ。

 と、次は自然に俺が機械を言う番となったためポケットをあさり機械を取り出す。
画面を一回タッチして、【平和】と表示されている画面を呼んだ。
そしてそれを三人に見せながら俺は言葉を紡ぐ。

 「俺の機械は見ての通り【平和】。条件が条件だから最後の方まで『枷』はクリア出来ないからみんなに協力することにするよ」
 
 機械をしまい、近くの椅子に腰掛ける。
さっきまでずっと立っていたから腰が痛い。
下手な意地を張らずにずっと座っていればよかった。

 「私の機械は【孤独】。最後の方まで生き残るだけが条件ですから、三人とは協力できたらな、と思っています」

 俺と同じような内容の言葉を言っている優花。
別に悪いとは言わないけどもうちょっと愛想よく言おうぜ、表情硬くて少し怖い。
だがそれを優花に真っ向から言うのは少し怖かったから、胸の内に秘めておくとするか。

 【孤独】の機械は『枷』のクリアの時間が【絆】と同じタイミングだ。
だから湊とは協力してくれるといいんだけど……。
まあ仲良くなってくれるよな。
でもあの二人なんか水と油みたいなところがあるからなあ。
少し心配だ。

 これで四人の機械はそれぞれ把握した。
七人でしたときに比べると反応も薄く、掛かった時間もかなり短かい。
話す内容の違いもあるが、単純にモチベーションの違いでもあるのだろう。
それでまた俺がさっき言ったのと同じように、「次は何をするよ」と言おうとしたところで湊が口を開いた。

 「あと言い忘れていたが遊李の機械はこれだった」

 画面に出ている字は【調停】。
そう言えばカメラ機能を使っていたから自然にわかっていたじゃねえか。
条件はほとんど俺や【偽善】と同じようなものだ。
その理由は三人以上が自爆装置を解除しているということは実質的に三個の機械は破壊してもいい状態にあるからな。
だが実際は俺と【偽善】の『枷』のクリア条件よりも簡単と言えるだろう。

 それだけに遊李が死んだのは悔やまれた。
まず遊李も裏切るなんてことをしなくても生きれたはずなのに裏切ろうとしたのは……やっぱり目先の賞金に目が行ったからだろうか。
だとしたら……悲しいことだよな。
それさえも主催者の思う壺だと言うことが更に悲しかった。

 「これは、春。お前が持っていろ」

 「えっ、俺が持ってていいのか?」

 確かに俺が持っているのは『枷』からしても自然であるのだが、壊すと言う可能性も考えれば俺に預けるよりかは初音に持たせた方が安全だと思うんだが。
それが何かを計算してか、それとも単純に俺を信頼してかは確かではないがありがたかった。
湊から遊李の機械を手渡しで受け取る。
そこには何回確認しても【調停】の文字が書かれていた。

 それから何をするかを相談した結果、少し休もうと言うことになった。
肉体的には疲れていなくても精神的に体力も余裕もなくなっているのが現状だ。
時間は惜しいがこのまま無理をし続けて死ぬ直前の遊李のような状態になってしまっていては本末転倒。
だから仕方なく休憩をしようということになったのだ。

 湊が言うには後の残り時間は推定で九時間と十五分くらいだそうだ。
だからとりあえず一時間くらい睡眠を取ることにした。
無理に取れなくてもいいから代わりに雑談をして心に余裕を持たせることをしようと言うことを決めた。
机を前に押しやり、教室の後ろ側を俺たちが横になれるような空間を作り出す。
フローリングの床はのっぺりとしていて、寝心地がいいとはとてもじゃないが言えなかった。
だけど横になるぶんには適度な冷たさだ。

 「なあ湊」

 俺は静かな教室が耐えられなくて口を開いた。
ついでに顔も湊の方を向く。
湊の横にいる初音は既に寝息を立てていて眠りについてるのがわかった。
更にその横には優花も既に寝ている。
かなり疲れていたのだろう。

 「どうしたいきなり、相談か? 恋愛意外なら聞いてやる」

 くすくすと笑いながら言う湊。
初音が寝ているからかどことなく性格も柔らかい気がした。
で元々恋愛の悩みなんてない俺は湊に会ってからずっと気になっていた疑問を口にする。

 「湊はさ、どうしてそんなに正義にこだわるんだ? 何か理由があるなら教えてくれないかな。まあ無理にとは言わないけどさ」

 俺がそう言うと湊は少し苦い顔をした。
やば……もしかして俺地雷踏んだのか?
だとしたらやっぱり言葉を撤回するべきかな?
いや、でも聞いてからやっぱりいいやなんて言うのもそれはそれでなんか失礼な気がする。
とか心配していたら湊が喋り初めた。

 「俺達には昔もう一人幼馴染がいたんだ。名前は愛沢愛羅(まなさわ あいら)だ」

 いた、と過去形で湊は言った。
ということは何かがあって縁を切った、もしくは既になくなっているのだろう。

 「愛羅は別に勧善懲悪をモットーとしてたわけでもないんだが、やられたことをやり返さなくちゃすまない主義だってな。それが女子共の反感を買ったらしくてな、愛羅は虐められ始めた」

 内容自体はよく聞く話だ。
一人だけ空気の読めないやつがいたからそいつを虐める。
気に食わないからそいつを虐める。
俺の周りでそういうことが起こったことを聞いたことはないが、それは確かにこの世界であるフィクションではない事実だった。

 「助けようとは思ったんだが愛羅はことごとく俺の助けを拒否した。『こんなの自分でなんとかするからあんたは初音を守っときなさい』ってな」

 愛沢さんの言ったそれは恐らく嘘だろう。
湊と初音を巻き込まないために言った嘘。
それに気づかないほど湊も間抜けではなかったはずだ。
だが、それに気づかないフリをした。
自己保身の為に。
それを酷いと罵るやつはいないだろう。

 「で結局愛羅は自殺したよ。それも飛び降り自殺。学校の屋上からだ」
 
 俺は無言で唾を飲んだ。

 「それで俺は偶然にもそこで立ち会ったにも関わらず止めることができなかったんだ。」

 湊が拳を握った音が聞こえた。
そのときの無念が未だに残っているのだろう。
遊李を守れなかったときは比べ物にならないくらいに悔しそうな表情をしていた。

 「愛羅が残した俺向けへの手紙があったんだ。それにはたくさんの要求が書かれていたよ」

 例えば「私みたいな人間を生まないように今後は正義を貫くこと」だとか「初音をしっかりと守るように」だとかだそうだ。
大小様々な要求が書いてあったらしい。

 「それを俺は罪滅ぼしに実行してるまでなんだ。こんなことで許されるはずはないとわかっているが、それでも何もしなかったら愛羅を忘れてしまいそうだから。……ってくだらない話だろ?」

 湊の正義に一人の人間の死が関わっているなんて予想もしていなかった。
その上、それが壮大な罪滅ぼしの行動だなんて俺には知るよしもない。
俺はそれに対して湊になんて言葉を返せばいいのかわからなかった。
この気持ちは悠花が事故に会って父親が死んだときに俺が何も言ってやれなかったときの気持ちと同じだった。
あれから六年たったけど変わったのは見た目だけで、俺の中身は何一つ変わっていないじゃないか。
それがまた悔しくて、だけど何かが出来るわけでもなくて……。

 「遺書のことは初音にも話したことがない。だからお前がこれを始めて聞いた俺以外の人間ってことになる」

 暗い空気を払うように軽く笑う湊。
その笑顔は今にも剥がれそうな位薄くてどこか虚しかった。
湊は愛沢さんが死んでから一度も心から笑っていないんだろうな、とその表情は俺に悟らせる。

 そしてこのことを初音に話さないのは、責任を感じさせたくないからだろう。
自分のことを守ってくれているのが人に言われたからだと知ったら少なからず人は傷つく。
所詮自分のことは他人に頼まれなくちゃ守ってくれないんだ、と言う感じにだ。
初音に話さない理由はわかったが、もう一つのことの理由に俺は見当もつかなかった。
だからそれを疑問として言葉に乗せる。

 「なんで俺なんかに話したりしたんだ?」

 俺の言葉に湊は一瞬ぽかんとして、首を捻り始めた。
恐らく自分自身何故俺に話したのかよくわかっていないのだろう。
無意識の行動、とでも言うべきことは俺にも経験がある。

 「多分……お前を信頼してるからだろうな」

 湊の言葉は素直に嬉しかった。
自分のことを信頼しているなんて言われたこともなかったから、少しくすぐったい。
頬をぽりぽりと掻いて恥ずかしさをごまかした。

 それから直ぐに湊は眠りに落ちた。
初めて自分の抱えていたものを他人に打ち明けたために心の重圧が減ったのだろう。
肩の荷が下りたと言ってもいい。

 部屋に三人の寝言が響く。
それを子守唄に俺も眠気が倍増してきた。
三人を守るために一応起きておこうと思っていたのだが、これは予想以上に辛い。

 開けていた瞼が次第に落ちてきて俺の意識を奪いとって行く。
思考も薄くなっていき、何も考えられなくなる。
ここに連れて来られたときのような気持ち悪さはなく、むしろ心地よかった。
瞼が完全に重なり開こうとしても上がらなくなる。
抵抗する力も完全になくなり、俺は黙って夢の世界に落ちた。


†††††††††††††††††

 ――――日乃崎虚は思考する。

 このゲームでこれから俺と園影は何を目的に行動するべきか。
自爆装置の解除と言う面で見れば、ある程度の見通しは立ってくる。
華の『枷』は比較的簡単な条件なため、待っているだけでいい。
だが俺の条件は一縄筋にはいかない条件だった。
少なくとも自分から動かなくてもクリア出来る部類ではないのだから。
そのため他のプレイヤーとの接触が必要になってくる。

しかし俺の最優先しているのは生存するためのゲームクリアではなく、欲求の解決なのだった。
だから俺は思考はしているものの、まったく焦っていない。
そして俺の今の欲求、それは「鏡峰湊の精神の完全破壊」だ。

 あの正義を優先にし、滋賀井を最優先に守る姿。
そして運動神経抜群な上、頭脳明晰な人間。
だがそんな湊も入戸一人の死亡に動揺が隠せなかったようだ。
俺はその姿を見て、「どうすれば湊を完膚なきまでに精神崩壊させることが出来るだろうか」と疑問が浮かんだ。
同時にあの完璧な湊を屈服させるのがどれだけ気持ちいい物かというのも想像する。

 俺があのグループを抜けたのもこの欲求を満たすためと言うのが理由だ。
湊と一緒のグループに居ては湊を完全に壊すことは出来ない。
それはあのミニゲームの最初に掛けられた言葉で理解した。
だから俺はあのゲーム中にも無気力になった振りをして、湊の動揺を誘ってみた。
しかしそれは大した意味を成さず結局無下に終わる。

 だがその湊も流石に死には動揺した。
遊李の死で動揺したと言ってもそれは死に対してでなく、自分の全員を生きて返すと言う目的が達成できなかったからだろう。
だからそれだけでは温い。
そして俺は湊の精神を砕くための一番効果的な方法を見つけ出した。
それは、「滋賀井を殺すこと」だ。

 だからこそ俺は思考の結果まず、滋賀井を再び襲ってみようと考えた。
そうすれば必然的に湊は釣れる。
そして運がよければその時点で湊の精神を殺せるかもしれない。
実際にはそこまで上手くはいかないだろうが、せめてどちらかの機械を奪うことが出来れば、後からまた湊と会うきっかけが作れる。
それさえも上手くいかなかったとしても、とりあえず敵意があることだけはわからせることが出来るからね。
以上の理由からこの計画は効果的だと考えた。

 「――――って言うのあと三十分くらいしたらしようと思うんだけど、園影はどう思う?」 

 初めから否定なんてものは許す気はないが、とりあえず聞いてみた。
いつもの様に園影はメモ帳に文字を連ね俺に見せる。
そこにはもちろん肯定の言葉が書いてあった。

 「それじゃあ俺は滋賀井を見つけ次第襲うから。華は安全の為にもここで待機しておいて」

 『わかった。でも何故三十分も待つの? 今すぐしたらいいのに』 

 園影が続けて出したメモ帳にはそんな言葉が書いてあった。
俺はそれを無視して、今いる学校の教室めいた机が綺麗に整列されている部屋を見渡す。
机はどこでもあるような一般的なもので椅子も特別なにかがあるわけでもない。
教室のドアと反対方向を見た。
そこには窓自体は存在しているのだが、外の景色を見ることは叶わない。
何故ならそこはシャッターで外側から閉じられているからだ。
園影が自分が無視されたことがわかりしゅんとなっている表情を見て、やっと答えてあげようと言う気になったため質問に答えた。

 「特に意味はないさ。ただ休憩がしたいって言うだけ。園影も疲れてるでしょ?」

 首を縦に振る園影。
それを見て俺は適当な椅子に座って机にうつ伏せ寝ることにした。
俺自身は特に疲れているつもりはなかったんだけど、実際は意外と疲れていたみたいだ。
俯いて数秒もしないうちに勝手に瞼が落ちてきた。

 「とりあえず俺は寝るから。もし園影が寝ないんだったら、一時間ぐらいした俺を起こしてよ。寝るんだったら別にいいけど」

 うつ伏せているためのその表情も行動も見えないが確認する気もないため眠ることに集中する。
瞼が持ち上がらなくなり、意識を夢に食われていく。
そして俺は五分もしないうちに眠りに着いた。


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【Who Is Killer?】 2

 ――――滋賀井初音は眼を覚ます

 私はまだ眠たい瞼を擦りながら上半身だけ起こした。
横を見ると三人ともはまだ寝ていて、どうやら私が一番早く起きたみたい。
三人を起こさないようにゆっくりと体を持ち上げて、ドアを開けて廊下へと出る。
別になにか目的があったわけじゃないけど、固い床で寝てたから体が痛いため伸びをした。

 「んー、首が痛いかなっ。まったく床で寝るなんて湊くん少し常識がないよねっ」

 私の場合特に髪がくしゃくしゃになっちゃうから大変なのに、湊くんはまったくわかってくれない。
とか言って湊くんは昔から女心がわかってませんからねえ、にしし。
廊下の空気を吸って少し気分も落ち着いた私は教室の中に戻る。
すると、夕凪くんが起きていて私と目が合う。

 「んっ、おはよ。いやもしかするとこんばんわのが正しいのかな?」

 そんな冗談を言う夕凪くん。
私はそれにあははと笑って適当に返事を返した。
夕凪くんに続くように、優花ちゃん、最後には湊くんも起きてきてなんだか私が起こしたみたいで少し罪悪感。
でもまあいっかっ、と責任逃れをしてみる初音ちゃんでした。
全員が起きているのを確認して湊くんは少し眠たそうな口調で喋り始めた。

 「うん……これで全員起きたか。じゃあこれから十分後にこれからの見通しを話す。それまではそれぞれ自由にしておけ」

 言葉の最後にくかーと大あくびをする湊くんはそうとう疲れてるのかな。
と言うか湊くんって最初の方にも寝てたからここの誰よりも寝てるはずなんだけど……。
それでも眠たい湊くんって、育ち盛りかな?
あはは、違うかー。

 それから十分間は特になにかしたいことがあったわけじゃないから私はボーっとしてた。
夕凪くんと優花ちゃんは会話をしてたし、湊くんは考え事をしてたから私の入る場所はなかったのです。
余りにも暇だったから機械を触ってみることにした。

 機械音痴の私でも流石に何回も弄ればある程度使い方はわかってきて、メニュー画面までの行き方は大分慣れてきた。
そこからは単純に見たい情報をタッチするだけだから楽々なのです。
私は改めて自分の『枷』と言うものを見た。

 「プレイヤーコード【信頼】
『枷』
『箱』の内部のどこかに存在する球体を四つ以上開ける(箱の場所は各プレイヤーの機械の中に示してある、悪の持っている情報の箱を開けると腕輪が起動)」 

 これだけを見た感じでは、大分楽な条件だと思う。
少なくとも、夕凪くんの他の機械を四つ以上壊すみたいな条件よりかは簡単なものじゃないかな。
続いては特殊機能を見てみる。

 「プレイヤーコード【信頼】
特殊機能
地図にメモを書き込める」

 一見もの凄くどうでもいい機能に見えるけどこれは私の機械の場合は大分便利な機能になってくる。
何故なら他の人から一度球体の場所を聞いておけば、メモすることでもし他の機械が壊れちゃっても探せるようになるから。
その他にも私個人としては物忘れが酷いものだから、みんなとの待ち合わせ場所を記録しておいたりね。
いやー本当に特殊機能様様ですよ、あはは。

 と、一通り私の機械にだけ入っている情報を閲覧したところで、機械をポケットにしまった。
さて残りの時間は何しましょうかねえ。
ぶっちゃけちゃうと初音ちゃん今かなり暇なのですよ。
何をしようかー、とぶーぶー言ってみるけど誰も言葉を返してくれない。
初音ちゃんさびしいです。

 そうだね、優花ちゃんのあの育ちすぎてる胸を揉んでみるというのもありですな。
いやそれよりも夕凪くんを優花ちゃんネタで弄ってみるのもありだねえ。
さてどっちにしようかな、と私のテンションは上昇してきましたのです。
うん、決めた!
優花ちゃんの胸を揉んで来ましょうか!

 てくてくてく、と優花ちゃんの近くに忍びよる謎の影。
ちなみにそれは私です!
そして優花ちゃんに接近して……

 「初音、何してるのよ」

 近寄ったときにでこピンされました……。
結構痛かったですよ、はい。
と言うか私ここに来てからでこピンされすぎな気がしなくもないね。

 それから私は二人の雑談に混ぜてもらうことにした。
話してみると夕凪くんは意外とウブなこともわかったりして少し得した気分。
それに夕凪くんと優花ちゃんは別に付き合っているわけではなかったってのが、少しビックリ。
あれだけ仲良くて付き合ってないって逆にビックリだよね、本当に。

 とかなんとか雑談しているうちに十分なんてものは簡単に過ぎて湊くんの声が掛かった。
いつもの偉そうな声音だけど、どこか軽い感じになってるな〜とか私は思う。
なんだか肩の荷が下りて、気分が楽になったみたいな感じって言うのかな?
堅苦しさがいつもより三割減してるね。

 「考えた結果だが、とりあえず初音の『枷』をクリアするために行動をしようと思うんだがいいか?」

 突然私の名前が出てきたから少しビックリした。
湊くんの言葉を解析するとどうやら、私の自爆装置を解除するために行動しようと言うことみたいだね。
なんで私なんだろ? と思ったけど良く考えたら今行動して自爆装置が解除できるのは私だけだった。

 湊くんの『枷』は私が自爆装置を解除しなければクリアできないから、行動は不可能。
優花ちゃんは、ゲーム終了の30分前まで生きているだけでいいからこれも行動不可。
と言うかクリアの為に何が出来るの、って話だよね。
夕凪くんのは、他のみんながクリアしてからじゃなきゃ機械は壊せないからこれもまた不可能。
結論今から行動できるのは私だけってことになる。

 湊くんの言葉に二人は肯定的な返事を返して答えた。
私はそれに胸があったかくなって、嬉しく感じる。

 「そうか、ありがとう。じゃあそれに当たって、各々の地図に入っている球体の場所を探してもらう。いいな?」

 私を入れた三人は元気よく返事をした。
それでこれからは一端各自に分かれて、それぞれの機械の球体を探してくることになった。
バラバラになるのは少しさびしくなるけど、こっちの方が効率がいいよね。

 それから他のみんなは自分の機械に入っている情報のときに言ったけど、私の機械には球体がどこにあるかは表示されていない。
だから適当な部屋を探すことにした。
……だけど、湊くんに止められてこんなことを言われる。

 「おい、初音どこに行く気だ? 俺からあまり離れないところにいろ」

 えー建物を探検してみようと思ってたのに……。
本当に湊くんは過保護すぎるよね!
私ももう子供じゃないんだからさ〜、少しは自主性を信じてみるべきだと思うよ。
とか言っても心配してくれてるのは嬉しいから素直に言葉は聞いておこうと思うけど。

 湊くんは二階の真ん中辺りにある部屋に入って自分の機械に記されている球体を探し始める。
だから私はその隣の部屋に入って特に目的もなく、だらだら〜としておこうかな、と。
教室に入る直前にも、「襲われたら逃げる前にとりあえず助けを呼べよ」とか言われたり。
本当に湊くんは私のお父さんかなにかか、って物申したいよ!
まあ保護者って意味では多分間違ってないんだろうケドさ。

 入った教室には目新しさがまったくと言っていいほど他の部屋と似通った部屋だった。
と言うよりも『箱』の中で入った教室はここで通算六部屋目なんだけど、殆どが似たような作りなんだよね。(ちなみに違ったのはルール説明のときに入ったあの部屋だけ)
改めてこの『箱』と呼ばれる建物が学校をモチーフにしてるんだ、と実感したね。
と言うわけで私は尾崎高校で座っていた席と同じ位置に座ってみるのです!
ちなみにその位置は窓側の一番端の前から三番目ね。

 「うわーなんか思い出すなっ! とか言っても私もまだ学生だけどねっ!」

 一人ボケ、一人ツッコミの虚しさは半端じゃなかったね。
しかもツッコミが乗りツッコミって言うのが更に虚しい。
机の中に何か入ってないかな〜と淡い期待をして、がさごそとあさってみる。
まあ、何も入ってないでしょうけどね。
そう考えていたけどコツンと指先に何かが当たったのがわかった。

 ――――え、冗談、だよね……? 

 指先に当たったそれを両手で掴んで机の引き出しから取り出す。
それは箱だった。
更に詳しく言うならそれは球体とも言える箱だった。
恐らくは私の『枷』で示されている球体はこれのことなのだろう。
鍵が付いているわけではなく、開けようと思えば今すぐにでも開けれそう。
だからって開ける理由にはならないよね。

 「そうです、初音ちゃんはいい娘だからこういう怪しいものは勝手に開けないからねっ」

 でも好奇心が少し疼いて来ちゃうから人間と言うのは困ったものだよね。
でも私はちゃんと止めることにした。
だってこれが本当に球体だったとしたら、これが誰の機械の情報化かもわからないから危険すぎる。
もしこれが【悪】の物だったら私は即死んじゃうんだからそりゃあ慎重にもなりますよ。
流石の私だって自分の命は惜しいからね。

 「んーとは言ったもののどうしましょうかねえ。とりあえず湊くんを呼んで助けてもらうとしようかなっ」

 この球体はとりあえず机の中に戻しといて、と。
私は椅子から立ち上がって教室を出る。
自体が自体だから足取りは少し早め。

 「ちょっと湊くん、こっち来て!」

 隣の教室のドアを思い切り引いて開口一番、湊くんを呼んだ。
いきなり私が叫んだから少し驚いたみたてたのが少し新鮮だった。
カメラがあったら撮っておきたいぐらいだったね。
ってそんなことはどうでもいいんです、早く話しを聞いてもらわないと。

 「ちょ湊くん、あっちの部屋に――――」

 「まあ少し静かになれ」

 私が話そうとしてたら湊くんがこっちに飛んできて私の口をその大きい手で押さえた。

 「日乃崎に場所がバレたらどうする? だからあまり大声で叫ぶな、わかったな?」

 「……はーい」

 テンションが急激にダウンした初音ちゃんでした。
私がしょぼーんとしたのを見てか、湊くんは手を私の口から離す。
それをきっかけに燻っていた私の口は言葉を打ち出した。

 「隣の部屋にね、なんか球体かな〜って思われる物が置いてあったよっ。勝手に開けちゃダメだと思ってとりあえず湊くんを呼んでみました」

 敬礼っ、みたいなポーズをして私は現状を湊くんに話す。
それを聞いた湊くんは腕を組んで考え事をし始めた。
こんなに考えることなのかな、この問題って。
馬鹿の私には良く分からないですよ。
手を上にひらひらと振って降参を表現してみた。

 「確か隣の部屋は……入戸の機械に対応する球体のある部屋だったはずだ」

 「えっ、そうなの? そんなの湊くん確認してたっけ?」

 私が見ていた限りでは湊くんは遊李ちゃんの機械をまったく構ってなかったはずなんだけどね。
まあ多分私がわんわん泣いてたときに見てたんでしょう。
うん、考えてもわからないしそういうことにしとこうかなっ。

 「未だに遊李が絶対【調停】であると言う確証はない。だから開けるのは一応やめておくべきか」

 思考の末に湊くんはそう言う結論を出した。
そう言えば遊李ちゃんの機械はまだ【悪】の機械である、と言う可能性もあるわけだからね。
確かにその判断は間違ってない。
流石湊くん、この短時間で最良の一手を選ぶとはっ。
天才と呼ばれてるのは伊達じゃないね。

 結論が出たところで、私はもうこの部屋に用がないからさっさと退散することにする。
湊くんの作業邪魔しちゃ悪いしね。

 「んじゃあ私は隣の部屋でもう少し休んでることにするよっ。湊くんの球体も見つかったら教えてねっ」

 私の言葉に湊くんは適当に返事を返して作業を再開した。
廊下を伝って来るときと同じルートを歩く。
そして学校のものと同じようなドアを開いて中に入り、球体が入っている机に座り込んだ。
学校の授業中にする居眠りのような体勢で机の上で横になってシャッターが外の景色を邪魔している窓を見る。

 この外に本当に私たちのいままでいた世界があるのかな?
私達のいた日常があるのかな?
もしかしてこの外は別世界なんじゃないかな?

 そんなことを思ってしまうくらいこの建物の中ではいろいろな出来事が起こった。
まず誘拐されたことからビックリだし、それから部屋に本物と思われる銃があったのもビックリだった。
謎のゲームのルール説明に、ミニゲーム。
そして……遊李ちゃんの死。
こんなことを夢だと思い込んだ遊李ちゃんの気持ちが私も少しわかった、気がした。

 遊李ちゃんには頼る相手がいなくて全員が敵に見えていたかもしれない。
表面上は仲良くしてたかもしれないけど、あくまでそれは表面だけで裏側では誰も信用してなかったんだと思う。
だから私達を騙して生き残ろうとした。
それがどれだけ酷いことだとわかっていたけど、生きるためにしたんだよね。

 思えば私や優花ちゃんはこんな言い方しちゃダメかもしれないけど、とても幸せなんだと思った。
男の子はみんな自分で何か行動できるだけの力を持ってるからいい。
だけど、私や優花ちゃんは一人で何かが出来る力も勇気もない。
だから頼る湊くんや夕凪くんがいたから、ここまで精神を保っている。
華ちゃんも最初に出会ってから湊くんを頼ってるように見えた。

 でもそんな相手のいない遊李ちゃんは不安だったと思う。
だから遊李ちゃんは死んでしまった。
最後まで頼れる人を見つけられなかったから。
いや、違うかな。
頼れる人がいたのに、その手を払ってしまったから死んじゃったんだよね。

 愛羅ちゃんもそうだった。
私や湊くんがいたのにその手を見もせずに、自分一人で全てを抱え込む姿を私達にはまったく見せない。
どれだけ酷いことされても私達の前ではそんな素振り一切見せない。
あとから聞いた話だと先生や親にも話してなかったみたいだった。

 そんな辛い生活を続けて一年経った頃。
遂に耐え切れなく自らの人生の幕を下ろした。
屋上から飛び降りて、虐めていた子達への反撃をした、とか書いてあったね。
愛羅ちゃんはそんな子だった。

 女の子なのに強くて、カッコよかった。
だから無理に強がって自分の弱いところをまったく人に見せなかった。
常に強くてカッコいい自分を作ろうとしていて、全てを自分で解決する。
けど、それが死に繋がってちゃ意味がないじゃん……。
なんで……私達を頼ってくれなかったのかなあ。
私達は幼馴染だったはずなのに……。

 机の上に何かが落ちた。
気になって見てみるとそこには水滴が零れていた。
雨漏りかな? と思ったけどそんなはずがないよね。
再び水滴が机の上に落ちる。
それでやっとこの水滴の正体を知った。

 「これ……私の涙だっ」

 それがわかると止まらなくなってどんどん涙が目から溢れてきた。
袖で拭っても拭っても涙が止まらない。
おかしいなあ、愛羅ちゃんのことはもうちゃんと整理がついたはずなのにっ。
どうして涙が出るんだろ……。
胸が締め付けられて痛い。

 五分も泣き続けると涙は自然と止まった。
枯れたとも言うね。
目が赤くなってるんだろうから、湊くんに心配されちゃうかも……。
うーん、なんか申し訳ないね。
でもこればっかりは仕方ないかな。

 「コンコン。失礼します、なーんちゃって」

 突然後ろのドアから声がした。
その声に私は聞き覚えがある。
嫌でも印象に残ってるその声は耳にこびりつく様に残っていた。

 「日乃崎くん……」

 この人の声は……。
私は日乃崎くんのことが苦手だった。
最初に襲われたのは別にまだ許せる。
いきなりこんな状況になっちゃって多分テンパッてたんだろうからね。
でも人が死んだ直後にあんな大笑いできるのは流石に許せなかった。
相手が男の子だったから怒るわけにもいかなかったけど、でも私は泣きながら確かに怒っていたのを覚えてる。
だから日乃崎くんは苦手――――もっと言えば嫌いだった。

 「覚えてもらってたとは、光栄だね。別に嬉しくはないけど」

 けらけらと笑いながら日乃崎くんはそう言った。
私は席から立ち上がって、いつでも逃げ出せるように足を軽く曲げる。
日乃崎くんの運動能力に私の運動能力が勝ってるとは思えないけど、それでも湊くんに助けを呼ぶまでに捕まるとも思えなかった。
早いうちに湊くんが助けてくれると嬉しいんだけど、流石に隣の部屋で探し物に神経を使っているから無理かな。

 だとしたら私はとにかく時間を稼ぐ必要がある。
最低でも湊くんが球体を探し終えるまでは。
だったらまずは日乃崎くんを下手に刺激しないことが大事。
無視は一番頭にくる行為らしいからとりあえず返事だけは返すことにする。

 「はは、酷いなあっ。少しぐらい嬉しがってもいいと思うよ?」

 愛想笑いを浮かべながら日乃崎くんに言葉を返した。
それに日乃崎くんは特に言葉も言わずに私に笑顔を返す。
笑顔だけなのが逆に不気味なのに日乃崎君は気づいてないのかな?
いや、むしろわかってやってるかもね。

 「好きでもない女に覚えてもらって光栄なわけがないでしょ。何、君はそんなことされて嬉しいの? はは、ビックリ」

 ムキー! 流石の私でもこんなことを言われたら少しイラっと来ちゃうよ?
やっぱりわかった、日乃崎くんは明らかに私に悪意を向けてる。
何が目的かは知らないけど、多分これは絶対合ってるね。
じゃなきゃこんなこと人に言わないよ!

 「そんなわけないじゃんっ! まったくさ、この際はっきり聞いちゃうけど……。君、何が目的?」

 私の言葉に日乃崎くんはわずかに動揺した。
こんなことを私が言うのが意外ってわけですか、ぷんぷん。
って冗談を言っている場合じゃない空気だねこれ。
またもう少し膝を曲げて早く走れる体勢に変える。
気休め程度だけど、少しは楽になるからね。

 「単刀直入に言おう。俺は君を襲いに来た。もっと正確に言うなら、君を攻撃することで湊をおびき寄せようとしてるんだよ」  

 そのとき明確な殺意を私は感じ取った。
そして同時に自分の命が危ないことも感じ取る。
考えるよりも先に逃げるために体が動いた。
そして一歩目を踏み出し――――

 「――――動くな」

 ぱあん、と短い音が響いた。
足元を見てみると床に穴が空いていて、そこからは煙があがっている。
次は日乃崎君の方を見てみた。
手には私が持っているのと同じジャッジを構えてその銃口からも煙が上がっている。

 つまり私は撃たれた?
遅れて恐怖が追いついて私は膝から地面に落ちる。
あ、やばい。これ体に力が入らないんだけどっ……。

 「大丈夫、殺す気はないからさ。だから――――黙ってそこに座っててよ、ね?」

 銃口から目線を上にあげて日乃崎くんの表情を見る。
その表情は笑っていた。
けらけらと愉快そうに、ただ笑みを見せていた。
だがそれ以上に恐ろしかったのは、その瞳だ。
表情は笑っているのに、瞳だけはまったくと言っていいほど笑っていない。
そのアンバランスが銃よりも恐ろしかった。

 日乃崎くんは私に向かって歩き始めた。
私は逃げようにも二つの意味で出来ない。
恐怖で手が震えてるのがわかった。
そして脳が理解する。

 ――――あ、これ私死ぬ。

 いよいよ私と日乃崎くんの距離がほぼ0になる。
私は床から日乃崎くんの顔を見上げた。
その目はいまだ笑っていない。
ただ私を獲物を見るような眼でみるだけだった。
唇の端が不快に吊りあがる。

 「あはは、あはは、あひゃひゃはは! 滑稽だねえ、その恐怖に歪んだ表情! 最高に愉快だよ!」

 その言葉の直後、日乃崎くんの靴のつま先が私のお腹を捕らえた。
単純なその攻撃は私の体を蹴り飛ばし教室の壁へと激突させる。

 「かっ! こほこほ、はあはあ……」

 痛みのお陰で震えが直ったのは少し皮肉っぽかった。
だけど次は痛みでどこを動かしていいかがよくわからない。
そんな私の前に日乃崎くんは容赦なく近づく。

 「あぐぅっ。あ……あ……」

 そして私は髪を掴まれて体を持ち上げられた。
抵抗さえ許されず、そのままの体勢で後ろの壁へと叩きつけられる。
なんか見たことあるな、と思ったら、そうだ思い出した。

 ――――これって湊くんが日乃崎くんにやったことに似てる……

 掴むところやどこに叩きつけているかと言う細部の違いはあれど、これは確かにあのシーンの焼き増しだった。

 壁に叩きつけられた体勢からくるっと180度回転し、私を机の群れの中へと放つ。
背中に机が何個か当たって肺の空気が口から飛び出す。
床に体がつくともう一回分の衝撃が私を襲う。

 前の方を見てみると机が何個か倒れていた。
良く見てみると私が座っていたあの机まで倒れている。
その中の球体はもちろん……飛び出ていた。

 思考的ではなくて、本能的に自分の命の危険を知った私は足をあげる。
だけどそこまでだった。
二歩目は続かず虚しく空を切った。

 落ちた球体に日乃崎くんが気づいた。
それを手に持って全体像を確かめている。
そしてそれだけで、これがなんであるかを判断しようだ。

 「これって球体……かな?」

 「そ…………うだ……よ」

 一言で言おうとしたつもりだったのだけど、苦痛によって三つに分割された。
あれを開けられたら私はもしかしたら死ぬかもしれない……。
だけど私はいまここで寝ているしかできないのが辛い。

 「こんなのだったんだね。一つ学習したよ。で、これ開けていいわけ?」

 首を横に振ろうと思った。
と言うか私自身は動かしたつもりでいた。
でも実際に体にはまったく反映されてないようで、私は実質的に無視したみたい。

 「無言は肯定ってね」

 そしてそれに日乃崎くんは手をかける。
で上に開――――

 「そこまでだ、日乃崎」

――――かれなかった。

 教室に乱入したイレギュラー、いやむしろレギュラーなのかな。
鏡峰湊が教室に入ると教室の空気は一変した。
だけどそれは一瞬で直ぐに日乃崎くんが支配する教室へと戻った。
そして再び球体に手をかけ――――
キィンと高い音が耳に届いた。
それが銃声と気づくのに今回は時間が掛からなかった。

 銃弾は日乃崎くんの髪を一部掠め取り、シャッターを奥に取る窓ガラスへと当たった。
窓ガラスは傷こそついているものの、皹や割れは入っていないため強化ガラスみたい。
今回銃を撃ったのは湊くんだ。

 「外れたんじゃない、外したんだ。次はないってことが……わかるか日乃崎?」

 「ひゅう、怖いねえ……。人に銃を向けるなんて非常識だよ?」

 「同時に日乃崎、俺がこの部屋に入ってきたときに一番最初に投げ込んだものが何かわかるか?」

 湊くんの突然の発言に日乃崎くんは表情を怪訝そうなものへと変える。
一番最初に湊くんは何か投げていただろうか?
私が見ていなくて更に日乃崎くんも見ていない一瞬のうちに何かを投げ込んだってこと?
そんなことが可能なの?

 「ハッタリ……でしょ? 僕にはそんなことしてるとこ見えなかったよ?」

 日乃崎くんの表情こそ余裕そうだけど、さっきほどではなくなっていた。
明らかに焦ってる。
口と表情では冷静を装っているけど内心はかなり焦ってるみたいだね。

 「ハッタリ? はっ、この状況で何のハッタリをする意味があるって言うんだ? 俺はそんなくだらないことはせん」

 そして少し呼吸をしてから次の言葉を続ける。

 「俺が投げ込んだのは支給物資、バレッドキャンセラーだ。効果は字の通り、銃の弾丸の発射を中止させる。ちなみにこれは隣の教室の球体の中に入っていた。効果範囲は十メートル、持続時間は五分。お前を気絶させるだけなら余裕過ぎる時間だ」

 そんな物資が支給されたなんて……。
本当にこのゲームの主催者はどんな資金力を持ってるの?
銃弾を撃つのを中止させる機会なんて最新鋭じゃ説明がつかないくらいすごい。
それを簡単に支給物資として出す主催者が特にだ。

 「だからハッタリでしょ? 君がこのピンチに偶然にも駆けつけて、偶然にも球体の中から、偶然にもブレッドキャンセラーを持ってくるなんて偶然があるはずがない!」

 「じゃあ逆に問うが、何故俺はそもそも初音から離れていたと思う?」

 日乃崎くんは考える様子をまったく見せないで直ぐに言葉を吐き出す。

 「球体を探すためってわけか……」

 その言葉を聞いて湊くんは読みどおりと言った表情に変わる。
湊くんの表情に日乃崎は悔しそうに舌打ちをした。
だけどそれも直ぐに元の表情に戻る。

 「そのブレッドキャンセラーってのが本物だったとして、それがどうしたってのさ? まさか僕が銃無しじゃ戦えないとかとは言わないだろうね?」

 日乃崎くんは手に持っていた球体を机の上に、拳銃をポケットにしまいこんで湊くんに向き合う。
まるで自分は拳銃なんかなくても君と戦えますよ、と示唆するように。
それに湊くんは壁に寄りかかって日乃崎の行動を見ていた。
日乃崎君に興味がないようにも見えるその体勢。
そんな湊くんを見て日乃崎君は少しずつ怒りを募らせていく。

 「あァ? 理解できてないみたいだからはっきりと言ってやろうかァ? 俺は銃程度使わずともテメエを殺せるって言ってんだよ」

 そんなことを言われても湊くんは眉一つすら動かさなかった。
無視にも近いその挙動に日乃崎くんの怒りゲージはまた一つ上昇する。
実際そのゲージは目には見えないけどね。

 二人のにらみ合いは続く。
ちなみに私は蚊帳の外になっちゃってるね。
今のうちに逃げちゃおうかしら?
いやでも逃げる隙がないや、リスクも高いしやめとこ。

 「おいおい、返事はどうしたよ? 俺無視されると傷ついちゃうなあ」 

 適当な台詞で湊くんを挑発する日乃崎くん。
やっぱりその言葉にも湊くんは表情を変えない。
そこで日乃崎くんはまた怒るかと思ったけど、そんなことはなかった。
ただ私の方を向いて、ニタアと笑う。

 「そうだよな、無視されるくらいなら……無理やり反応するようにすればいいんだよね」

 さっきと同じように靴の音を鳴らしながら私に近づく。
助けを求めるように湊くんに視線を向けるけど、やっぱり表情は変わってなくて。
いやいや湊くん、ここは表情を変えるとこでしょ!

 「これでも無視ってかあ! すごいねえ、その精神って残酷ぅ!」

 下卑た笑いを浮かべる日乃崎くん。
そして私の二メートル目前にまでせまってきた。
私の体が再び恐怖に震える。

 「流石に暴力を加えれば君みたいな冷酷な人でも反の――――」

 日乃崎の声を掻き消したぱあんと言う音。
これはやっぱり湊くんが銃を撃ったんだろう。
で、問題はどこに当たったか。
その答えは直ぐにわかった。

 ――――日乃崎くんの右太ももだ

 それが直ぐにわかった理由は簡単。
それは目の前に日乃崎くんの右足があったからに他ならない。

 「ッく!」

 日乃崎くんの右足を掠め取った。
バランスを崩して膝を床に着きかけるけど机に手をかけることでなんとか、維持していた。
掠め取られたと言っても銃弾はわずかにかすった程度で致命傷には至っていないみたいだね。
そしてわずかに右足を重たそうに引きずりながら声を発した。

 「なんでバレットキャンセラーの効果が君の銃には聞いていないのかな? お陰で僕死に掛けちゃったじゃん」

 「有効距離は十メートルだ。つまり貴様は十メートル以内に入っていて、俺はその範囲に入っていないだけのことだろうが。それに死んでくれるのが嬉しかったんだがな」

 湊くんは少し笑いながらそういうことを口にした。
死ねとか言っちゃダメだよとか注意する気にはなれないね。
日乃崎くんは足を引きずりながら少しずつ湊くんのいる場所に行こうとしていた。
だけどそのペースじゃ一緒着けそうにもない。

 「はは……本当に酷いなあ……。元々さ、僕の目的は滋賀井を攻撃して君をここに呼ぶのが目的だったんだよね。だけど来たならそれも関係ないよね。だから……」

 そして日乃崎くんの動きが突然止まった。
その止まった位置にあるものは……球体だった。
遊李ちゃんの、つまり【調停】の機械で示されている可能性の高い球体。
だけどそれは【悪】のものであると言う可能性も0ではなかった。
だから私はその球体を開けずに放置してた。

 「だからさ、交渉しようよ。僕を逃がして欲しい。代わりに僕はこの球体を開けるのをやめてあげよう」

 それは交渉……なのかな?
この球体が【悪】のものである可能性もあると言うことを知らない。
だからこれは交渉にすらなっていないはずなんだよね。
だってこれを無視しても本来なら一切デメリットはないはずだから。

 「これは交渉になっていないんじゃないか……?」

 湊くんは私が思っていたのと同じ疑問を口にした。
日乃崎くんはそれに愉快そうな口調言葉を返す。

 「ははっ。じゃあ第一の交渉は決裂ね。はい、オープン。」

 直後日乃崎くんは球体を開けた。
湊くんが反応する暇すらないほどにいきなり球体を開く。
私は自分の心臓の波打つ早さが早くなっているのがわかった。
この時点で死んだと言う可能性も0ではないからだ。

 「日乃崎ッ、貴様ァッ!」

 開いた球体から何かを取り出してそれを湊くんに向けた日乃崎くん。
湊くんも同じように日乃崎くんに向けていた。
だけど日乃崎くんが手に持っているのは、私達が持っている拳銃よりも少し大きいサイズだった。
これが途中支給武器と言うことなんだろうね。
それだけ強力な武器なんだろう。
とか考えてたら突然私の機械が鳴った。

 『一つ目の【正義】の情報の箱を開けました。解除条件の達成まで残り二つ』

 この文章を信じる限り、あの球体は【悪】の情報のものではなかったみたいだね。
安堵に私は小さく息を吐き出した。
とりあえず私は今死ぬことはなくなったみたい。
むしろ一個開けるべき箱の数が減ってよかったと考えるべきだね。

 「日乃崎、貴様どういうつもりだ……?」

 だけど湊くんはそうは考えてなかったみたい。
日乃崎くんに対する怒りを表にだす、湊くん。
それに日乃崎くんはまったく驚かずにただ飄々としていた。

 「どういうつもりもなにも……滋賀井を殺そうとしただけだけど?」

 湊くんは日乃崎くんを睨みつける眼光を更に強くした。
そして拳銃の引き金を抑える指に力を入れ――――

 「そんな単発しか撃てない上に、残りの弾数が三発しかない銃でこのパナーチに勝てると思ってるのかな?」

 パナーチ、それが日乃崎くんが今持っている拳銃の名前らしい。
だけど日乃崎くんがいるその位置じゃ、バレッドストッパーのせいで拳銃は撃てないはずじゃなかったっけ……?

 「だけど撃てなければ――――」

 「撃てるね」

 湊くんの言葉を否定する日乃崎くん。
その言葉には絶対的な根拠があるように見えた。
日乃崎くんは圧倒的な優位を確認した上で言葉を続ける。

 「君が言っている言葉は嘘だ。バレッドストッパーなんてアイテムはない」

 「何を根拠に言っている? 貴様お得意の詭弁じゃ俺は倒せない」

 「癖だよ。君は嘘を吐くときに右足をわずかに浮かせる。過去のトラウマか何かが原因かな?」

 その言葉に湊くんは短い声を上げた。
何故それを知っている、と言わんばかりの表情だった。
湊くんのトラウマと言えば……多分愛羅ちゃんだろうね。
それが原因で嘘を吐くとき右足浮かせてるって言うのが日乃崎くんの言い分だった。
そんなのずっといる私も気づかなかった。

 「へえ……適当に言ったのに本当だったんだ」

 「なっ……」

 そのときの日乃崎くんの表情は今までで一番楽しそうだった。
湊くんを出し抜けたのがそれほど嬉しかったんだろうね。
下卑た叫びに似た笑い声をあげる日乃崎くん。
それに湊くんは悔しそうに歯軋りをするだけだった。

 「だから改めて交渉をしよう。僕を見逃してくれなければ、滋賀井を殺す」

 これこそが本当の交渉だった。
いや、正確に言うと脅迫……かな。
自分が負けていた状況をひっくり返してから、自分の身の安全を確保のための交渉。
そして出来なければ一人の人間を殺すと言っているわけ。
しかもそれは交渉する相手本人ではなくて、その幼馴染の私。
多分相手が湊くんの場合私を人質にとるほうがよっぽど効果的だった。

 そう言う意味では日乃崎くんは頭がいい。
いや、狡猾だと言うべきかな。
人の弱点と言うか、どうしても譲ることの出来ないものを天秤にかけるのが交渉の一番有効な手段なんだよね。
だからそういう意味ではこの交渉の仕方はかなり上手い。

 その脅迫に湊くんは乗るかを考えていた。
いや、実は考えているのはこの脅迫についてじゃないのかもしれない。
だとしたら日乃崎くんがこの後逃げてからどうするのかを考えているのかな。
そして湊くんは苦虫を噛み潰したかのような表情で

 「……わかった。この交渉に乗ろう。代わりに絶対に俺達に危害を加えないと誓え」

 「はいはい、神に誓いますよ。俺は君達は襲わない」

 日乃崎くんはそうして教室から、私達の前から逃走した。
湊くんは悔しさを紛らわすため壁に手を思い切り叩きつけ、クソッと叫んだ。
その後、教室に残ったのは薬きょうの臭いだけだった。 


――――暁 優花は葛藤する

 自身の機械の中にある地図に記されていた丸い記号で記されたものを探すため春と離れ、私一人で三階の部屋を探していた。
あまり広くはない教室なんだけど配置されている机、教室の後部にあるロッカー、掃除用具入れ、ついには物の影まで隅々に配置されているため目当てのものを見つけるのは時間がかかりそうだった。
私が今探しているのは滋賀井初音と言う少女の機械の『枷』に必要な物資の入った球体だ。
中に入っているものも気になると言うこともあり、私は積極的に探していた。
まずは確立の高そうな机の中を一つ一つ確認していくことにする。

 球体の中に入っているものを考察してみた。
この殺し合いの中で必要なものがその中には入っていると思う。
例えば食料。
人間の三大要素である衣・食・住のうちの一つであるこれは間違いなく必要なものに分類されるはず。
腹が減っては戦が出来ぬ、なんて言葉があるけどこれはかなり的を射ているのよね。
実際人間は空腹時と十分に栄養があるととでは運動能力、知能ともに違いが出てくる。
そして食べ物を食べることで精神的にも余裕が出てくる。
だから球体の中から食料が出てきてくれればそれはかなり嬉しいのよね。

 だけど私の予想だと球体の中に入っているものはそんな生ぬるいものじゃない。
恐らく今私が携帯してるこの拳銃、ジャッジ(名称は春に教えてもらった)と同じかそれ以上に危険な兵器が入っているんだと思う。
こう言う考察をした結果球体と言うのは予想以上に大きいのかもしれないわね。
このジャッジもそれなりの大きさがあるからこれから支給される武器は更に大きいものだと考えられる。
流石にマシンガンみたいなサイズではないと思うけど、それでも並みの拳銃より大きいものが支給される可能性も低くない。

 と、ある程度思考が終了したときにやっと全ての机を捜索し終えた。
結果は収穫なし。
40近くある机を調べた自分を少し褒める。
本当は春に褒めて欲しいけど……。
っていやいやいや!

 「そんなわけないじゃないっ! なんでここで春の名前がっ……」

 このゲームが始まってから私は何かおかしい。
変に春に頼ってみたり、春に対してときだけ自分が何を言ってるかわからなくなるほど動揺したり、春にその……触られてもいいなんて思ったり。
確かこう言うのをつり橋効果って言うのだったかしら?
まるで私が春のことを好きみたいな……。
それこそ、ありえないわよね。

 私には恋愛なんかしている余裕はない。
悠花の手術費用を稼ぐだけで精一杯な私に恋愛なんてものをしている時間も暇もないのよ。
私なんかが付き合ったりしても相手が不幸になるだけ。
それが例え小さいころから私と一緒にいる春だとしても、ほとんど遊んだり、デートしたり出来ない女なんて付き合ってくれるはずがない。
だから私と春の関係は幼馴染で十分だった。

 だからと言ってまったく望んでいないわけではない。
悠花の手術が無事に成功してある程度暮らしも安定してからでも普通の恋愛がしてみたかった。
何も心配しなくていい、ただ自分の為だけの幸せをつかみたかった。
だけどそれは一生叶わない幻想なのよね。

 その幻想は一生幻想のままで終わる予定だった。
だがそんなときに舞い込んできたのが、このゲームだ。
最後まで生き残れば大金を稼ぐことが出来る殺し合いのゲーム。
同時に誰かが死ぬ可能性もあるけど、正直言ってそんなことはどうでもよかった。
この世の全ての出来事は悠花の前では優先順位は下になる。
正直なところこのゲームのルールを知ったときに、全員殺して悠花を助けられるならそうしようと思っていた。

 だけどこのゲームの中に春がいた。
いてしまった。
春も私が助けようと思っている悠花の一部だ。
それを殺すことなんて出来ないし、誰かを殺すところを見られて嫌われたくも無かった。
だから私は殺しをやめざるを得ない状況になってしまう。
春と悠花、どっちかを選ぶなんて私には出来なかったから。

 だけどこのとき既に私の目的は決まっていた。
生き残る。
何があっても、悠花の元に帰る。
でも出来ることなら……春も一緒に……。

 私は自身の心から逃げて掃除道具箱を開けた
 
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【CM】

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【Who Is Killer?】 3

――――夕凪春達は部屋に集まっていた。

 ――――これは、滋賀井初音を日乃崎虚が襲撃して逃走した十分後くらいにあたる

 俺達はそれぞれ自分の機械で示されている球体を抱えて自分で持ってきた。
大きさは人によって違って例えば俺と湊は筆箱くらいのサイズの小さな物で、逆に優花の持っているのはかなりでかいもので、だいたい人の顔くらいのサイズだった。
そして重量も結構違った。
俺と湊のはやはり軽くて、球体自体の重さが殆どなんじゃないかと思う。
また優花のは俺達とは違いそれなりに重い。

 このとき俺は少し嫌な予感がしていた。
湊が言うには遊李の機械に入っていたのは、拳銃だったらしい。
しかもそれはジャッジよりも大きいものだったようだ。
ここから導き出される答えは一つ。

 ――――また、拳銃が入ってるんだろうな……

 そんな嫌な予感がしてても初音の条件を満たすためには、開けなくちゃいけないんだよな。
それに、虚みたいに積極的に交戦するような人間もいないし仮に拳銃が入ってたとしても大丈夫だろう。
まあそれでも、入ってないに越した事はないんだけど。

 「それじゃあ早速開けていくが、いいか?」

 「ああ、ちょっと湊提案なんだけどいいか?」

 「ん? どうした」

 俺の希望する提案は簡単だった。
単純に開けるなら優花のは最後にして欲しい、ただそれだけの要求だ。
先に俺と湊のを開けてできることなら先に食料を口にして、腹を満たしておきたいからな。
と、いった感じの旨を湊に提案した。

 「別にその程度なら構わん。じゃあ言い出しの春から開けてくれ」

 俺は言われた通りに自分の球体に手を掛けた。
そして蓋を上の方へと持ち上げる。
中を覗いてみるとそこにはかんぱんやカロリーメイトと言った感じの食料が入っていた。
俺のしていた中身の予想は当たっていたみたいだ。
  
 「やっぱり中に入ってたのは食料か……。なあ湊、これどうやって分けるよ?」

 俺が喋り終わったくらいで次は機械のピーピーと言った感じの音が鳴り出した。
ポケットから機械を取り出してみるが、なったのは俺の機械ではないようだ。
だったら誰の?
疑問は直ぐに解決された。

 『二つ目の【正義】の情報の箱を開けました。解除条件の達成まで残り一つ』

 機械音が正しいのであれば、とりあえず初音の首輪が作動することはなかったみたいだ。
同時にこれで俺が正義であると言うことも証明されたわけだ。
二つの意味で俺は安心して、椅子に座り込んだ。

 そしてその後俺の球体の中に入っていた食料をどうするかを相談した結果、やっぱり全員で等しく分けようと言うことになった。
俺は最初からその気だったため、反論するわけもなく、肯定する。

 袋の中に入っていたのは、カロリーメイトが三袋、かんぱんが三袋だった。
元々は俺の球体に入っていたものと言うことで俺はカロリーメイトとかんぱんを一つづつ貰う。
それから俺の意思で優花も同じだけもらうことにした。
湊はかんぱんのみ、初音はカロリーメイトのみと言った風に分配されることになる。
と言うか何れにせよ飲み物が欲しくなるなあ、と少し文句。

 それから三十分くらい掛けて俺達はそれぞれの栄養保持食品を食べることにした。
湊と初音は一袋まるまる食べていたが、俺と優花は片方を食べただけで腹が一杯になったからゲームの後半のためにとっておくことにする。
あと四分の一日以上はゲームは続くんだから、補充は大事だよな。
ちなみに食べた感想はやっぱり水分は重要、口の中ぱっさぱさ。

 そう言えば、初音は次の湊の箱を開けたらもう自爆装置を解除出切るんだっけ。
味方の中から一人実質的にクリアした人間が出るのは嬉しいな。
この調子で行くと、そのあとに湊も自爆装置の解除が出来る訳だ。
でゲーム終了の30分前になれば優花に自爆装置を外せる。
そっから三人の機械を俺が壊して、はれてチーム全員クリアってわけだ。

 そう考えたら希望が見えてきた。
俺達は全員生きて帰る未来への希望が。
どうにかして虚と華も一緒に生きて帰れないかな……。
俺は心の中で小さく呟いた。

 「さて、そろそろ俺の箱を開けるが……いいな?」

 それぞれが栄養保持食品を食べ終わってから数分休憩したところで湊がそう切り出した。
この言葉がいつも通りの湊として言われたのか、それとも初音の自爆装置を早く外したいと言う意思から言ったものなのかは定かではない。
だけど、そんなことは別にどうでもいいよな。
俺と優花は首を縦に傾けて肯定した。

 「じゃあ……開けるぞ……」

 どうやら湊は緊張しているようだった。
そりゃあ、自分の幼馴染の命がかかっていると同じなんだから仕方がない。
箱を開ける手に手を掛けたまま湊は上に開かなかった。
湊は喉を鳴らし、息を荒くする。

 「湊くん……開けて、いいんだよっ?」
悪の情報で示された球体を開けました。首輪と建物が連動、プレイヤーコード【信頼】を殺害します
 「わかってる……今、開けるから待ってろ」

 とは言ったものの湊は直ぐには箱を開けなかった。
あのいつも強気な湊がここまで緊張していると言うのも珍しい。

 そして、ついに湊は球体を開けた。
その中にはジャラジャラと光る金属が多数入っており、それは銃弾なのだと容易に判断できた。
湊は球体を開けたと言う一種の開放感に満たされたようで、椅子に腰を下ろす。
そんな湊の様子を見て緊張の波が解けて俺も同じように椅子に座り込んだ。

 「これで……初音は助かったのか……」

 湊は天井を仰いで、しみじみとした口調で語る。
よく聞くと声は震えているようだった。
まさか……泣いてたりして?
普通ならば考えられないが、湊の今までの経緯を考えればまったくありえないと言う話でもなかった。

 俺達は初音の機械から鳴るアナウンスを待つ。
数秒後、アナウンスが始まった。

 『【悪】の情報で示された球体を開けました。自爆装置が起動、プレイヤーコード【信頼】を二分後に殺害します』

 「はぁ……?」

 最初の湊の声はただの疑問だった。
アナウンスの意味がわからずただ、疑問詞を上げるしかなかったのだ。
それは湊だけではなかった。
優花も、そして本人である初音でさえ首を傾げて疑問を浮かべている。
そして一番最初に意味を理解したのは俺だった。

 「は……? 湊が……【悪】? 初音が死ぬ?」

 理解したとは言ってもあくまで言葉の意味だけで、状況を理解したわけではなかった。
だからただわかった事柄を口にするだけが精一杯だ。
しかしそれだけで湊には内容が伝わったようで、座っていた椅子を立ち上がる。

 「オイ春、それはどういう意味だ。俺が……【悪】だと……?」

 そして俺の目の前まで来たと思うと、俺の襟を掴んで体を持ち上げた。
俺は醜くうめき声を上げて抵抗するが、湊の力には叶わない。
表情を見たら湊が悪意を持ってこんなことをしているわけではないと言うことが解る。
何故なら湊自身の表情も困惑していたからだ。
多分今の俺と同じ状態なんだろう。
しかも湊は俺と違って当事者、言い方を変えればこの状況を作った本人だ。

 「あ……か……」

 だんだんと呼吸が難しくなってきた。
声が枯れて、息を吐き出すのすら辛くなってきたところで視界が薄くなる。
そしてこのままの体勢を続けたら俺死ぬな、と心のどこかで悟った。
で、俺が死んだら【正義】を殺しちゃったから湊の自爆装置作動してしまうのかと心配する。
おいおい死ぬ間際に他人の心配とか俺どんだけお人よしなんですか。
実際そんなにいい人間でもないくせにさ。

 「ちょ、ちょっと鏡峰! 春から手を離して!」

 湊の手を叩く優花。
俺の表情が本気でまずいことに気づいたんだろうな。
それで湊も正気に戻ったようで、俺を掴んでいた手を離した。

 手から離れた俺は力なく床に倒れて咳き込んだ。
優花が必死に声を掛けてくれているが、苦しくて良く聞き取れなかった。
ある程度息が落ち着いたところで、俺は湊に話しかける。

 「湊……どういうことだよ……。お前が……【悪】だったのかよ……?」

 「違うッ! 俺が……【悪】なわけがあるかッ……」

 湊は本当に現状がわかっていないようだった。
むしろ、わかっていてこんな表情が出来るやつがいるなら見てみたいくらいの焦り具合だった。
俺と、恐らく優花も今の状況を理解し始めていた。

 ――――初音の自爆装置がもう少しで作動する……。

 その単純な事実に湊が気づいていないとは考えにくい。
だがそれはいつもの場合だった。
今の湊はどう考えて冷静な判断が出来る状態ではなかった。
もしくはわかっていてもその事実から眼を逸らしているのかもしれない。
初音が死ぬと言う信じがたいその事実から。

 「……どういうことだ、どういうことだ、答えろッ」

 誰かに向かって湊は叫ぶ。
部屋全体をその音が震わせるが、ただそれだけだった。
それ以上のことは何も起きない。
奇跡なんて、起きないんだ。

 俺達三人は混乱して、意味がわかっていなかったのに、初音だけは理解したと言うような、全てを諦めたような表情をしていた。
つまりは……笑っていた。
虚のような意味のわからない気味の悪い笑顔ではなく、見ていて気持ちいいような清清しい笑顔。
いつも初音がみんなに振りまいているような可愛らしい笑顔だった。

 「湊くん……最後に質問していいかなっ?」

 「最後なんて言うな……お前が死ぬことは許さん……」

 湊の言葉に初音はクスッと笑って、外はねの髪をいつもの様に跳ねさせた。
死ぬ間際に何故初音は笑っているのだろうか?
俺は体験したことはないからわからないが、普通死ぬ直前って遊李みたいに酷く動揺するもんじゃないのか?
なのに初音は逆に落ち着いている。
それが俺には謎だった。

 まさか……初音は俺達に心配させないために、こんな風に冷静を装ってるのか?
遊李のときみたいにならないようにするために、こんな風に動揺してない振りをしているのか?
自分が死ぬ直前で一番怖いはずだ。
なのにみんなのために、死に対する恐怖を押し殺して耐えてるってのか……?

 「じゃあ質問っ。湊くんは【悪】じゃないんだよね?」

 それは質問と言うよりも確認だった。
初音は微塵も湊を疑っているようには見えない。
湊を、信じているのだろう、信頼しているのだろう。
だから質問だけど、確認にしか聞こえないんだと思った。

 「当たり前……だ……」

 「よかったぁ……。湊くんはやっぱり【悪】じゃなかったんだ」

 もう、後悔はないように見えた。
初音はもうこの世の全てに整理がついていて、それで最後の心残りを言葉に質問にしたんだ。
その答えは自分の予想通りの答えだったんだから、後悔なんてあるはずがなかった。

 「湊くん、今までありがとね……。私は湊くんとずっと入れてよかった」

 「やめろ……そんなことを言うな。それじゃあまるで……お前が死ぬみたいだろうが……」

 湊は涙こそ流してはいなかったが、確かに泣いていた。
これを泣いているといわずに、何を泣いているというのだろうか。
表情だけ見ればまったくと言っていいほど泣いてはいない。
だが、心の中は号泣しているだろう。

 結局湊も初音も似たもの同士なんだ。
相手を思いやるばかりに、強がって。
みんなに迷惑をかけないように虚勢を張って。
二人共……優しすぎるんだよ……。

 「私ね、愛羅ちゃんが死んでからずっと悲しかった。でも湊くんがいたから生きてこれたんだよ?」

 言葉の途中も初音は笑顔のままだった。
だが頬は引きつっているようにも見える。
無理して笑っているのが良く分かった。

 「愛羅ちゃんが死んで凄く、凄く悲しかったけど、湊くんがいたから耐えられた」

 まだ初音の言葉は続く。

 「私ね、湊くんのことが――――」

 「それ以上喋るな!」

 湊は初音を両手で包んだ。
言葉を強引に遮って、それ以上言葉を聞かないように無理やりに抱きかかえていた。
それに初音は少し面食らったような表情になる。
だけど湊の意思がわかったのか、またいつものような弾ける笑顔に戻った。

 「湊くん、私ね、湊くんに会えて本当に良かった。それでね、最後まで湊くんを信じられてよかった」
 
 「お願いだ……お前は愛羅みたいに俺の前から消えないでくれ……」

 その言葉を聞いて初音は初めて涙を流した。
堪えていたものが一気にあふれ出してきたんだ。
一度流れ始めた涙は初音の頬を伝い、近づけていた湊の頬を伝う。
そして湊の頬から地面へと零れた。

 『自爆装置の作動まで30秒を切りました。近くにいるプレイヤーは離れてください』

 初音の機械からそんなアナウンスが鳴る。
そんな声は二人の耳に届いていないようだった。
俺は湊を初音から離れさせるために一歩目を踏み出す。

 しかし二歩目以降は進むことはなかった。
優花に服の袖を引っ張られてとめられたからだ。
振り向くと今にも泣きそうな表情の優花がいた。

 「春……いいの……。あのままにさしてあげて……。そうでもしないと……」

 そうでもしないと……、その言葉の先を優花は言わなかった。
だけど俺は足を止める。
つまり、最後まであのままにしてあげろってことだろ……?

 今にも崩れそうな二人が支えあって耐えている姿は酷く綺麗で、だけど果敢なかった。
だけど俺には何も出来ない。
何もしちゃいけない。

 「湊くん……そろそろお別れしなきゃっ……。もう私の自爆装置作動しちゃうから離れて……」

 初音がそう言っても湊は離れなかった。
逆に更に腕に力を加えているようだ。
湊の背中からは、「まだ離れたくない」と言う意思がひしひしと伝わってきた。
それが一層と虚しい。

 「うるさい……俺から離れることは許さん……。お前は俺が守る……」

 そのとき初音の表情は、笑顔だった。
湊がいつも通りで安心したような顔だ。
湊の表情は、見えなかった。

 そして初音は驚くべき行動に出た。
湊を無理やり突き放したのだ。
とは言っても初音の力では数センチ動かすのが限界なためそこまでは動いてはいなかった。
だが真に驚くのはその次の行動だ。
キス。接吻。粘膜接触。
初音は湊の唇に自分の唇を合わせた。

 「――――ッ!?」

 「愛羅ちゃんの真似だよっ。私じゃかっこつかないかもだけど」

 自分からしたにも関わらず初音の頬は真っ赤だった。
多分湊も同じような表情なんだろうな。
自分の最後を全うできる初音はすごいと心から正直に思えた。

 「じゃあね湊くん」

 「初音ェェェェ!」

 流石に今は湊をとめなくちゃダメだと思った。
これで巻き込まれて湊が死ぬのは止めるべきだと俺の頭が訴えかけてきた。
湊の動きを後ろから羽交い絞めで封じる。

 「離せ春ッ! 初音は死ぬはずがないッ! 俺が守るから大丈夫に決まってるだろうがァ! だから離せ春ッ!」

 いくらなんと言われても、暴れる足や肘が体に当たっても俺は離さなかった。
初音の爆発に巻き込まれて死ぬのは誰もが望んでないはずだ。
だから俺は止めた。
心を鬼にして止めた、心を悪にして止めた。

 「――――大好きだったよ」

 そして初音の自爆装置は爆発した。
俺の頬に初音の血液が飛び、付着する。
湊の影になっている俺で掛かっているんだから、湊はもっと多く掛かっているだろうな。

 爆発の勢いに負け、俺と湊は後ろに尻餅をついた。
俺の拘束がゆるくなったのを見逃さず、湊は初音の元へと近づいて行く。
そして湊は初音の胴体を見て嘆き、そして吼えた。

 「うわァァァァァ! 嘘だッ! 嘘だッ! 初音が死ぬなんて、嘘に決まってるッ!」

 入戸の様に取り乱している湊だったが、多分本当は嘘だなんて思っていないだろう。
そんなことがわからないほど湊は非現実主義者ではない。
目の前の出来事が紛れもない事実だと言うことはわかっているはずだ。
それでも、愛沢さんとの約束を守れなかったことを否定したいんだろう。

 「ふざけるな……なんで、なんで初音が死ななくちゃいけなかったんだよ……」

 部屋に虚しく湊の声が反響した。


†††††††††††††††††

 ――――鏡峰 湊は動揺する

 何故……初音が死ぬ必要があった……?
何故俺からまた幼馴染を奪う……?
このゲームの目的はなんなんだ……。

 いいや、何の目的があったとしても許せるはずがない。
許さない。

 「オイ、出て来いクソッたれ共がァッ!」

 俺は思い切り壁を叩き、スピーカーらしきものに向かって叫ぶ。
だが声は返ってこない。
無視されているのか……元々音を拾う機能がないのか。
そんなものはどっちでもよかった。

 「いいや、出てこなくても構わん。何故俺達を……何故初音を殺したァッ!? こいつが何をした!」

 俺のシャツに付着した初音の血液が染み込んで、肌へと当たったのがわかった。
冷たくも、温かくもない中途半端な温い温度。
そして目の前に横たわっている初音を見た。
遊李と同じように首から先が着いていなかった。
顔と体の連結部分に当たる首が焼け焦げているのがわかった。

 「何故……初音をこんな目に合わせたか答えろ……!」

 それは既に初音ではなかった。
今目の前にあるそれは初音だった動かない何かでしかない。
首は数メートル先に飛んでいた。
その表情は遊李とは違い、笑顔に近いものだった。
少なくとも苦痛に歪んでいたり、絶望したりしている表情ではない。

 「オイ……」

 俺は質問の矛先を変える。
向けられた春と暁が体を震わせたのがわかった。
そうだよな……冷静に考えれば簡単にわかったんじゃねえか。

 ――――こいつらのどっちかが【悪】なんだろ?

 「どっちだ……?」

 「え……?」

 春が間抜けな声音で惚ける。
俺にそんなの適当な嘘が通用するはずもないのに、こいつは惚けた振りで俺を騙そうとしていた。
それに余計に腹が立った。

 「どっちが【悪】だって聞いてんだよ……」

 「オイ、湊! それどういうつも――――」

 「御託はいい。さっさと答えろ、どっちが【悪】だ?」

 苛立ちすぎて思考が上手く纏まらない。
だけど纏まらなかったところで大した問題じゃねえ、
どっちも殺せばいいんだからな。

 俺は春の言葉を途中で遮らせてさっきと同じように襟を掴んで持ち上げた。
また息が詰まって苦しそうにしている。
それを見ても俺はなんとも思わなかった。
そうか俺、もう感情が壊れてるのか。

 「わからないようなら質問言い方を変えてやろうか……? テメエらのどっちが俺達をこんなクソゲームに巻き込んだ、頭イカレタゴミクズ野郎かって聞いてるんだ」

 「あ……あ……。み……な……と……」

 この期に及んで俺の名前を呼ぼうとするコイツが最高に俺の気分を悪くさせる。
睨みつけても春の視線が俺の方に来ていないから、それが通じてるかがわからなかった。
苛立ちを乗せて俺は締め付ける力を一層強くする。

 「俺のことをクズが名前で呼ぶな。」

 もう片方の開いている腕を襟ではなく首を掴んだ。
そしてもう片方の腕も首へと伸ばした。
両の腕で春の首をギチリと締め付ける。
首から浮かび上がる青白い筋が目に見えた。
そんなのは関係なしに俺はひたすら無心に腕に力を込めた。

 「やめてっ!」

 暁が俺の体を叩く。
これもデジャヴだな。
さっきとまったく同じ状況じゃないか。
違う点と言えば俺が故意的に有意識でやっているのと、初音がいないと言うことか。
……クソがッ

 「春からっ、手を離して! お願いだから春を殺さないでっ!」

 「知るか」

 両手は塞がっていたため右足で暁の体を蹴る。
鳩尾に命中したお陰で、暁は地面に倒れこんだ。
それ以上は面倒なため追撃はしない。

 と、そこで俺の顎に何かがヒットした。
多分夕凪の拳だろう。
そのまま腕の力は抜け、俺は後ろに仰け反る。
拳を受けた衝撃で頭が少しぐらぐらして気持ちが悪かった。

 「かはっ、かはっ!」

 むせて咳をする春に近寄る暁。
それを見て俺は更に怒りのボルテージが上昇する。
何故正義であるはずの初音は死んで、悪であるこいつらがのうのうと生きてる……?

 『指定した【信頼】のプレイヤーの死亡が確認されました。今から二分後に自爆装置が作動します』

 ついに俺のタイムリミットが二分に迫った。
それまでにせめて……こいつらを殺さなくちゃな。
手始めに春を思い切り殴りつけた。
軽く数メートル転がって、壁に背中を打ちつける。

 「やめろよ……湊。こんなのお前らしくない……」

 「じゃあ教えろ、俺らしさってなんだ……。好きだったやつも好きになってくれたやつも守れなかった不甲斐無いこんなのが俺らしさだってのか!」

 「湊ッ!」

 春の俺を呼ぶ声に俺は一瞬怯んだ。
抵抗するようにキッと睨んだが、それは春の訴えの目の前ではまるで効果をなさなかった。
その目を俺は生徒を叱る教師のような目と表現をしてみた。
春はその目のまま言葉を続ける。

 「違うだろ? お前らしさってのはさ……自分が間違っていようと正しくいようとすることじゃなかったのかよ?」

 その言葉に俺はハッとした。
自分の深いところにあった本来の目的を当てられたことで心を揺さぶられる。
頭ではなく、もっと深い何処かが殴られたような気分だ。
さっきの比喩は間違いなんかではなくて、本当に生徒を叱っている教師そのものじゃないか。
間違った生徒(俺)を叱る教師(春)、そんな構図が今出来上がっていた。

 「なあ、これがお前が正しいと思ってることなのかよ! そうならもう一回俺達に聞き直せよ、『お前らのどっちが【悪】か』ってよ!」

 ……俺は何をしてるんだ。
初音が死んでからみっともなく動揺しまくって。
挙句の果てには協力してくれた二人まで疑っていた。
本当に俺は……俺は三年間なにをしていたんだ!

 「違うだろ? そんなのは湊じゃねえよ! 初音だってそんなのは……望んでないはずだ」

 そうだ、俺が全部間違えていた。
この二人は悪くないじゃないか。
悪いのは、本当の【悪】のやつだ。
こいつらが俺達をこんなとこに連れてきて、こんなゲームをさせる人間な訳がないだろうが。

 春は普段はそこまで頼りのないやつだ。
だがこうして俺を叱って、正してくれる。
俺を救ってくれている。

 暁もそうだ。
絶対に勝てるとわかってるはずなのに俺に立ち向かって春を助けようとした。
最初に一回やられるイメージが植えつけられてるはずなのに、それでも俺に立ち向かった。

 そんな二人が悪なわけが、俺達をここに連れてきて殺し合いのゲームをさせるやつには思えなかった。
俺は数秒前までの俺を恨む。
こんな二人を疑って、ましてや殺そうとまでしてしまった俺を。

 「なあ……春」

 最後に初音が俺に問いかけたように俺も春に問いかける。
この世で後悔を残さないように答えを尋ねる。
他にも気になることはあったが、それでも先に俺の人生を掛けた謎を解きたかった。

 「俺は……愛羅に顔向け出来る位に正しくいれたか?」

 これだけは絶対に、後悔しちゃいけない。
この世に置いてはいけないと思った。
答えはわかりきっていると思っても、これだけは聞かないわけにはいかなかった。
初音を死なせてしまった俺が正義を全うできているはずがない。

 「出来てたよ。湊が居なかったら俺達はもっと早くに死んでた。だから初音の命は守れなかったけど……俺と優花の命はしっかりと守れてた。そいつを正しくなかったなんて言うのは、おかしいだろ?」

 やっぱり……春はお人よし過ぎる。
初音も最後までみんなを思いやって笑顔でいた。
だったら俺の最後は決まっている。

 「ありがとう、春。お前達に出会えて……良かった」

 俺はこれまでの人生を振り返った。
生まれて小学校高学年くらいまでは、親父がテレビ局に勤めてて芸能人に会い続けてて、ガキの頃は役者目指そうとしてたな。
それのきっかけは……確かあの、御古瀬 菜々香(ごごせ ななか)とか言う俺より年下なのにテレビに引っ張りだこな少女の言葉だったかな。
だっていきなり俺に会って一言目が

 ――――貴方、絶対テレビに出たら僕よりも売れるよ!

だったからな。
そんなことを売れっ子に言われたからガキだった俺は信じてしまった。
だけどそれも小学六年の頃に諦めた。
親父の自殺。
それはガキだった俺の精神に大きな傷跡を残して、芸能界に関わることすら避ける原因になった。
だから俺は役者の夢をたったの一年で捨てた。

 そして中学三年。
愛羅が自殺した。
役者を目指すって言い始めたときよりもずっと前から遊んでいた二人の幼馴染のうちの一人の死は俺の第二の人生のキーとなった。
それから俺は正しくあることを目指して、一層真面目になり、生徒会長もし始めた。
今思うと、それくらいに愛羅の死は俺にとって衝撃的だったんだな。

 最後に現在高校三年。
こんなクソッ垂れたゲームに巻き込まれる。
そして五人との出会い。
入戸が死んで、初音が死んだ。
そして俺も18年の人生に幕を閉じる。
こうして振り返ってみると俺って三年毎に大きな出来事が起こってるんだな、としみじみと思った。

 ああ、もっと愛羅や初音と一緒に幸せに暮らしたかったな……。
叶うはずもない希望を夢見る。
いつまでも三人で馬鹿みたいに遊んで。
それぞれ彼女とか彼氏が出来て。
それでも彼女彼氏も一緒になって俺達は集まって。
高校に入っても、大人になっても、爺や婆になっても、何歳になってもずっと一緒にいれたらよかったのに。

 「俺も……お前に会えてよかった……」

 春はそう俺に言った。
その言葉は俺への冥土の土産としては充分すぎる。

 『あと三十秒で自爆装置が作動します。他のプレイヤーは離れてください』

 もう、死に対して恐怖はなかった。
恐ろしくないし、怖くもないし、後悔もない。
俺はもう……死ぬんだ。

 「お前達には三つ頼みがある。聞いてくれるか?」

 二人は無言で頷いた。

 「一つは華を助けてやってくれ。日乃崎の元にいちゃなにがあるかもわからん。だからあいつを助けてやってくれ」

 「ああわかった」

 春は泣いてなかった。
既に三度目の死で慣れたのか、それとも俺の前で最後の強がりを見せているのかはわからない。
どちらにせよ、俺としてはありがたい。

 「二つ目は日乃崎を救ってやってくれ。あいつが【悪】だったとしても、無理をしない限りで救ってやってくれ」

 「ああ、わかった」

 残りは十数秒ってとこか。
急いで言う。
俺の人生最後の言葉はこれでいい。

 「最後は二人共……生きて……帰れ」

 「ああ……わか……った」

 そして俺の自爆装置が作動を始める。
俺の自爆装置は入戸や初音のものとは違うギロチンタイプだった。
まず右手前の刃が右斜め後ろへと伸びた。
頚動脈が切れたが、刃で抑えられているため血はほとんど溢れない。
それに俺が熱いと感じているのに加えて、単純に刃にも熱が通っているようで、傷口を焼ききっていた。

 ――――最後まで痛みを味わえってことかよッ……

 目の前が真っ黒になり始める。
そして俺は床へと倒れこんだ。
受身を取る力すらない。
ドンと音がしたが、耳が遠くなっているためか自分のものとは直ぐにはわからなかった。

 そして左側の刃が同じように俺の首を切り裂く。
痛みで何も考えられなくなった。
もはやまだ生きているのが一つの奇跡だった。

 何かを言おうと口を開くが、ヒューヒューと壊れた笛のような音しか出ない。
声帯が切られてるのか。
これで俺は本当に無力に成り下がったわけだ。

 そのとき真っ暗だった視界が晴れた。
そして目の前に人影が見える。
両方とも女性のようだ。
ああ。わかった。

 ――――愛羅と初音だ

 なんだやっぱり死んでなかったんじゃないか。
ドッキリにしては手が込みすぎてるな。
そうか、俺の死も、この感覚もただのフィクションなんだよな。
俺の希望はこんな目の前にあったじゃないか……。

 そして俺の口は一つの言葉を示した。
相変わらず声には出ないけど確かに俺の口は四文字の言葉を紡いでいた。

 ――――ただいま

 そして再び目の前が闇に包まれ、目の前には何もなくなった。 



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