真実に基づく物語。 * その日はいろんなことが起こった。 好きな女の子が困ってる時に、何もできない。 なぜなら俺のすぐそばで、救急車を必要としてる人が倒れてるから。 そんなときどうする? * 俺モテないよ。冴えないよ。 でも、やっぱ仕事は大事だよ。 モテなくたって、仕事だけは真面目にやってるよ。 そしたら、きっかけ次第では、俺なんかに興味持ってくれる子もいたよ。 いたのに。 でも俺、結局そのときは何もできなかったなー・・・。 *** 12月。 昼休み、職場近所のスーパーに食べ物買いに行った。 佐倉さん(25)がいた。 その頃彼女は、隣町の本社勤務。 俺は中途入社で、営業所に一年ほど勤めてたよ。 で、年明けから、本社に異動することになってたよ。 そのスーパーで彼女と目が合って、えっと・・・誰だったっけ? ああ、そうだ本社の。 何回か見たことあるのに名前が、思い出せない。 何で今ここにいるんだろう。 彼女は買い物カゴは持ってなかったんだけど。 パンと、ペットボトルのお茶と、・・・生理用ナプキンを直接手に持ってた。 ああいうのって、普通に裸で持ってぶらぶらして平気なもんなの? 女の子は恥ずかしがるもんだと思ってた。 ・・・いや、やっぱり彼女も恥ずかしいのか、あわてて後ろ手に持ち直したよ。 無頓着なのか何なのか。 気まずくなる前に声かけた。 だって目が合っちゃったから、無言で立ち去るわけにはいかんもんな。 「お疲れ様、です」 「広田さん、お疲れ様です」 彼女は俺の名前知ってたよ。 あ、よく電話に出てくれる子だって、かわいい声で思い出した。 「うん、えーと、本社の。総務の」 「あ、はい、佐倉です。すみません、今日は突然で、予定外なんですけど」 生理が突然来たことを、わざわざ俺に言い訳するの? なんて、そんなわけなかった。 佐倉さんも失言に気付いたらしくて、顔赤くして、あわてて早口で言い直してきたよ。 「・・・!あッ、えっとすみません、予定外というのはですね、本社からの指示でして。 営業所の経理システムの打合わせを急に、午後からここですることになって、急遽お邪魔を」 「そうか、俺が本社に行って人が減るから、環境見直すって言ってた気がする」 「そうです。来月から本社ですよね、よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 何か不自然な、あいさつの場になってしまった。 けど、天然ぽさがかわいくて、いい子だなあ、って印象に残ったよ。 あいさつした後は別行動だけど、スーパーから出るタイミングも同じで。 タイミング合わせたわけじゃないよ、たまたま。 営業所まで歩きながら、少し話せるかなって思ったんだけどな。 「すみません、先に行ってて下さい、私ちょっとトイレ・・・」 「あ、うん」 「あ・・・、えっと、“こっち”も予定外で。すみません・・・」 言わなくてもいいことをわざわざ報告して、彼女はテテテッ、と小走りで行っちゃったよ。 かわいかったなあ。 ショートヘアがキャリーマリガンみたいだ。 いつも事務的な対応を電話で聞くぐらいだったから、際どい?会話にどきどきした。 そのあと営業所でまた会うわけだけど、この打ち合せは俺、関係ないんだよ。 うちの所長と佐倉さんと、わざわざ営業部長も本社から来てて、その3人で打合せ。 営業所は小さいから、俺のデスクから見える範囲に3人ともいるんだけど。 仕事しながらふと目をやると、なぜか佐倉さんと目が合うんだよ、何回も。 あわてて目をそらすんだけど、絶対俺のこと見てた! これは俺の自意識過剰じゃなくて、実際に観察されてたことをあとで知るんだけどね。 (俺に気があるという意味とは、ちょっとちがう理由があった) この日佐倉さんが夢に出てきて、ゴニョゴニョなことしてくれた。 あまり眠れんかった。 モテない男はささいなきっかけで、女が頭から離れなくなってしまうことがあるのだ。 俺はモテない自覚が大きいから、こじれてストーカーになるタイプじゃないけど。 女性の方、気のない男性に関わる時は、程ほどに気を付けたほうがいいですよ。 *** 1月。 本社に異動っていっても、転勤とか栄転とかいう大げさなものじゃなくて、配置換えって感じ。 隣町だから引越しもしない。 それほど大きな会社じゃないし、誰か辞めたりすると、こういうことはたまにある。 業種は伏せるけど、PCで製品の図面をあれこれするのが、俺のメインの仕事です。 営業所での一件で(一件って程、大した事じゃないが)、佐倉さんが気になってしょうがない俺。 しかし特に何があるというわけでもなく! 成り行きとは言え異動前に、生理トーク(?)もしたくらいなのに。 むしろ微妙に距離を置かれてるようにも感じたよ。 気まずかったのかも知れないし、まあ俺がモテないのはわかってるよ。 実際には俺、ちょっとわけあって女性不信が少しあるから、あんまり執着はなくなった。 なんだけど、社内メールがきっかけで改めて、佐倉さんと話すようになったよ。 彼女は総務の仕事してる。 会議とか行事なんかの通知メールを作成して、全社に一括送信することがあるんだけど。 ある時、あるメールの内容が間違ってた(何かの日付が違ってた)。 たまたま着信直後に俺が気付いて、すぐ佐倉さんに指摘したんだよ。 そしたら思いのほか、かなり大げさに感謝してくれた。 前にも一度同じミスをして大混乱を招いたことがあるみたいで。 しかもその時は、先輩から渡された文書をそのまま送っただけ。 なのに全部彼女のせいにされてしまったらしい。 今回は迅速に訂正メールを送れたので、事なきを得たんだと。 「広田さん、ありがとう、ございます!」 深々とおじぎをした佐倉さんの、笑顔(八重歯)が最高にかわいい! ちょっと調子に乗っちゃったよ。うれしくて。 普段叩かない軽口で。 「昔出版社のバイトで校正課長やってたから(嘘)、俺が見れば大丈夫だよ。 不安な時は全部に送る前に、俺だけに送ってよ。チェックしてあげれるし」 「バイトでも課長になれるって、すごいんですね!じゃあこれからもお願いします」 もちろんそんな冗談を真に受けて、雑務を押し付けてくるような、いい加減な子じゃなかった。 でもそれから、ちょっとずつだけど、会話が出来るようになったよ。 と言っても雑談の域にさえ、なかなかいかないし、仕事上の会話が嬉しいってぐらいだけど。 俺は、本社に来て間もないので孤立してたんだよ。 それを言い訳にしなくても、もともとマイペースで孤立しやすいタイプ。 いじめられっこではないよ。 でも佐倉さんはよく見ると、どうもいじめられっこ入ってるようだった。 真面目で一生懸命なところが空回りして、疎まれてるように見えたなあ。 かわいいし無口でもないのに、男性社員もなぜか避けているような・・・? いつも1人で昼食をとっていたみたいだ。 性格が暗いってわけじゃないけど、お互い孤立しやすい人種って感じで。 少し連帯感が芽生えたように勝手に思ってたよ。 慣れない環境でわからないことは、おもに佐倉さんに聞くようになった。 そして、彼女に対する恋愛感情をはっきり自覚するようになった。 *** 2月。 バレンタインデー。 女子社員全員からって名目で、男性に小さなチョコがバラまかれた日である。 少しは期待はするけど、佐倉さんから個人的に何か・・・あるわけないか。 ・・・と思ったら、俺の机にはバラまきチョコとは別に、正方形の変な薄い箱が置いてあったよ。 佐倉さんがテテテッ、と俺のとこに来て(まさにテテテッ、て感じで)、小声で言った。 「広田さんには、チョコっといいチョコあげます。助けてもらったから」 「あり、ありありがとう・・・」 うれしくてどもってしまって、かわいいダジャレにツッコむタイミングを、逃してしまった! 「助けたって、先月のこと?俺たいしたことしてない」 「だからお礼も、たいしたことないってことで」 どっちかというと、俺の方が仕事で世話になってるので、恐縮しまくり。 で、あくまでお礼なんだなと考えて、変な期待はしすぎないように、って思ったよ。 でもうれしくて、話をしながら俺泣きそうになってた。 あとでこっそりトイレで泣いた。 自分でもびっくりした。 なんでかわからないけど、とにかくうれしさが込み上げてきたんだよ。 お礼としてチョコもらっただけだから、恋愛成就の喜びじゃなかったと思う。 ヤッター!、でもないし、幸せいっぱい!でもないし。 うまく言えないんだけど、好きな女子からチョコもらったっていう事実だけ。 それがただ、単純に猛烈に嬉しかった。 義理チョコはもらったことあるし、彼女いるときは本命チョコももらったよ。 でもこのときは、なんでかな。泣いちゃったなー。 でもさ、俺は奥手で、女心に鈍感で、無知で。 普通は包装を見ればピンとくるんだろうけど。 あの変な真四角の板チョコが、高級品だと知ったのは、ずーっと後になってからだった。 正方形が9マスになってて、MARCOLINIって9文字が、マスに1文字ずつ刻まれてる。 ピエールマルコリーニっていうらしい。 おいしかった。 *** 3月。 27歳の俺は奥手で女性経験が少なくて、遊ばれるような形で短い期間つきあったのが2人。 その内1人は二股かけられてたんだよ。 軽い女性不信はそこから。 佐倉さんのことは気になるけど、何もできなかったよ。 食事に誘ったりアドレス聞いたり、さりげなくできる人がうらやましいよ。 彼女のプライベートなことはほとんど知らないし。 彼氏はいないようだったけど、怖くてそんなことハッキリ聞いたことはないよ。 でも、何でもない仕事の会話をするだけの毎日でも、特に不満はなかったよ。 特に彼女の笑顔(八重歯)が見れた日は。 そんな俺だが、ホワイトデーが近づいてたんで、何かお返しを、と考えておった。 そしたら佐倉さんに先手を打たれた。 先手を打たれたって、言い方おかしいか。まあいいや。 「お返しとかいらないので。その代わり、ちょっと手伝って下さい」 「うん、それはいつでもいいよ」 「あとでPCのメール見て下さい」 何だろう、と思って見たら、社内通知メールの校正依頼だった。 前に、チェックしてあげるなんて言ったけど、実際に頼まれるのは初めてだった。 >お時間のある時で構いませんので、校正お願いします。校正課長! ・・・お花見開催についてのお知らせメールであった。 お花見と言っても外じゃなくて、桜並木のそばの店で宴会といったところだね。 こういうのは大体、全社まとめての行事じゃないし、全然重要事項じゃないよ。 社長とかは参加しないし。 わざわざ人にチェックしてもらうほどのものじゃ、ないのになあ。 と思いながらも、佐倉さんの頼みなんで、真剣に見たよ。 すると最後の一文にひっそりと、こう書いてあった。 >いっしょにお酒飲むの初めてですね。楽しみです。 これは! 背筋がゾクっとして(いい意味で)、思わず佐倉さんの席に顔を向けた。 一瞬目が合ったように思えたけど。 彼女はすぐに席を立って、どこかに行ってしまった。 これはあれか、いわゆるフラグか! どうする、どうしたらいいかわからん! 何か気の利いたことを返さなければ・・・。 変に力んでしまったけど、結局うまいことを思いつかんかった。 >>通知内容は問題ないと思います。あと僕はお酒が飲めません。 そっけない返信になってしまった。 佐倉さんからの返信は・・・、その日はなかった。 会話する機会もなかった。ちょっと後悔したよ。 ちょっとくらい調子に乗ってもよかったのにな。 ・・・俺が奥手になった理由の1つは、今までフラグってものに騙されてきたから。 気のある素振りとか、どう見ても誘ってるよな、とか思うことあるでしょ。 でも俺の場合はまず外れ。アテにならないよ。 モテないのに女の子の意味ありげな言動に浮かれたりして。 で、あとで大恥かくなんてしょっちゅうだったよ。 だからこの時も、浮かれたくなかったんだよ。 ちょっと後悔しつつも、これでいいのだ!と自分に言い聞かせておった。 * 翌日、佐倉さんからメールが来ていた。 >校正ありがとうございました。 >2次会を企画できないかと考えています。 >ご意見がありましたらよろしくお願いします。 ・・・もともと宴会は好きじゃないし、2次会まで出ようとは思わんし。 なんだかめんどくさくなって、返信しないで放置してしまった。 あとで結局、直接話したけどね。 「2次会って普通、その場のノリで行きたい人だけ、集まるんじゃないのかな」 「あ、あの、お酒飲めない人のために、何か別のことできないかなと」 「飲まない人結構いるんだ」 「・・・私の知る限り、その、広田さんだけですけど」 「俺1人のために2次会って(笑)。1人で2次会するってこと?」 「あ、あ、当然幹事も参加、しますよ」 「幹事って、誰・・・」 「・・・それはその・・・私が」 「あ、それって、えっと」 そんなに雑談できるほど暇でもないので、気まずいまま会話が終わってしまった。 これもあれか、いわゆるフラグか!折れてなかったのか。 でも今までの経験からして、まだ浮かれてはいけないのだ。 佐倉さんの言いたいことは、ニブい俺でもわかったよ。 誘ってくれたんだよね?それ以外の意味にはとれないよね? 俺まともにモテたことないから。 こういうとき、どんな顔すればいいかわからないよ。笑えばいいの? ヘタレだからまだ疑っちゃうよ。 ほんとに誘ってくれたの?どうなの? 彼女はあまり積極的なタイプじゃないと、思い込んでたけど。 ほんとに誘ってくれたんなら、案外男慣れしてるのかも? そうなら、俺はまた、からかわれて恥かいて終わりかも? いやひょっとしたら、勇気を振り絞って、俺なんかにアプローチしてくれたのかも? でも俺なんかがモテる理由が、わからないよー。 社内ではそこそこ良好な関係だとは、勝手に思ってるけど。 それだって、たまたまきっかけがあったからっていう、だけのことだし。 ・・・こんな風に、ごちゃごちゃ考えて、行動しない理由を探すのがモテない男ってもので。 モテる人にとっては、こういうのってほんとイライラすると思うよ。 ごめんなさい。 それ以来佐倉さんとは、少しぎこちない関係になった。 会話が少なくなったっていう程度だけど、ちょっと気まずい感じで。 *** 4月。 お花見の当日になった。 ・・・俺は参加しなかったよ。 ちょっとしたトラブルがあって、残業することにした。 と言っても、どうしてもその日の内に、処理しなきゃいけない仕事じゃないよ。 でも、もともと酒の席苦手だし。 佐倉さんとも気まずくなったから、話せそうにないし。 他の人の雑務も引き受けて、1人で残ることにしたよ。 上司の指示で、会場近くの営業所で1人で作業することになった。 (以前に俺がいた営業所とはまた別の小さなオフィスね) 食べ物を詰めて、差し入れに誰か行かせてやる、と言ってくれたんで。 せっかくのお花見だからと、上司がそんなふうに取り計らってくれたわけで。 正直ありがたくも何ともないんだけど。 気遣いは素直にうれしかったから、言うとおりにしたよ。 遅くまで黙々と作業してたら、ある女子社員がほんとに差し入れ持ってきてくれた。 その人が佐倉さんだったら、話がおもしろくなるんだけどね。 現実にはそんなことは・・・・・・、あった。 「広田さん、お疲れ様でえす・・・」 佐倉さんは静かに酔っ払ってたよ。 折り詰めに宴会の食事を詰めて、持ってきてくれてた。 「つまらないし、疲れました。差し入れを口実にして抜けてきました」 疲れたのは本当みたいだな。 彼女はイスに座ってぼんやりと俺の作業を見てた。 見られてるとドキドキするなー。 「お花見はもうすぐ終わりますけど。それ、まだ終われませんか・・・?」 「今日全部やる必要ないんだけど・・・1人だと集中できるから、つい」 「じゃあ、今日来れたんじゃないですかあ・・・」 「あ、うんでも、仕事がその」 「もう、何でそんなに真面目なんですかー。広田さんと話が、したかった、のに」 「え・・・?」 気が付くと佐倉さんは、ぼろぼろと泣いていた。 仕事してる手が止まったよ俺。 「ほんとはいい加減な人だと、ずっと思ってたのに・・・。ズルいです。そうやってN子さんも・・・。 真面目なフリして騙して、捨てちゃったんじゃ、ないんですか・・・」 「え、ちょっと待っ、え?何で知って・・・って捨てたつもりは」 ・・・N子、というのは、俺が前に付き合っていた人の名前。 彼女、という言い方はしたくないよ。 N子には俺以外に本命の彼氏がいたからね。 ・・・佐倉さんは、俺が入社する前から、N子を通じて俺のことを知っていたんだと。 ちょっとややこしいんだが・・・ 佐倉さんの元彼の、お姉さんの親友がN子で、よく話す機会があったみたい。 俺から見ると、昔付き合ってた女性の友人の、弟の元彼女が、佐倉さん、ということになる。 とにかく一言で言えば、N子と佐倉さんは知り合いだったってことだよ。 元彼と別れてからの佐倉さんは、N子とは会いづらくなったようだけど。 それまでは、お互いの恋愛話で盛り上がることもあったらしいよ。 N子が前に付き合ってた男として、俺のことを話したみたいなんだけど・・・。 N子が言うには、まず、とにかく浮気性。 そのくせ嫉妬深くて、束縛しようとする。 仕事の愚痴が多いけど、聞いてる限り全部自業自得で。 いい加減だけど何だか憎めなくて、好きではあった。 でも、ある浮気疑惑を追及したら、今度は本気だからと言われた。 で、捨てられた。 名前は広田G太郎。前に同じ会社で働いてた。 ・・・最後以外まったく違うと思うんだけど。 名前まで話すかよ普通・・・。 まあとにかく、佐倉さんはある日、自分の会社に俺が入社したことを知るわけだね。 「こんな変な名前他にないですし、履歴書見たら前の会社、N子さんと一緒ですし」 (人事課はなくて総務課が兼ねているので、佐倉さんは履歴書を見ようと思えば見れる) 「この人がN子さんを捨てた男かー、と思って、注目してたんですよ。 私も元彼の、浮気で別れましたから。だから、許せない男だと思って。そしたら」 勤務先は違うけど、聞こえてくる俺の情報は、真面目なだけが取りえの冴えない男で。 電話で話すのは取次ぎのやりとり程度、あとは、たまに俺が本社に来たとき見かけたり。 12月に営業所にきたとき、俺をチラチラ見てたのも、観察?警戒?が理由らしい。 見てると、物腰のやわらかい草食系で、頼りなさげだけど優しい感じ。 見る限りではどうしても、女グセの悪い男とは思えない・・・でもネコかぶってるだけかも。 気にかけている内に、聞いた話と現実とのギャップのせいで、いい人に思えてきたみたい。 営業所近くのスーパーで偶然出会った時も、なぜか気楽に素で話せてしまったと。 そして俺が本社に来てからも、“隠してるかも知れない本性”は、まったく見えてこないと。 それどころか・・・。 「メールのまちがいを教えてもらったこと、あるじゃないですかあ。あの時、あの、とき・・・。 ふ、うふう・・・」 酔ってるせいもあると思うけど、何かが高ぶったのか、佐倉さんがまた泣き出した。 ぼろぼろ、ぼろぼろ泣く。 どうしていいかわからん俺。 「あの時、う、嬉しくて、こっそり泣いちゃったんですよう。あ、でも、それぐらいで? って、思い、ますよね・・・?私ちょっと、あんまり、みんなに、良く思われてないから・・・。 前にミスしたときも、私のせいじゃないのにネチネチひどいこと、言われて。だから・・・。 広田さんがあ・・・」 やっぱり酔ってるみたいだよ。 こんなにたくさんしゃべるのは、見たことないよ。泣いてるのも。 俺ももらい泣きしそうになってきた。ええいああ。 「広田さんのおかげで助かって、なんか嬉しくて。そのあとから、少しずつ話すようになって。 そしたらやっぱりいい人で・・・。聞いてたことと全然違って、優しいからあ、ちょっと好きに・・・」 「・・・!」 「あ、あ、あの、ちょっとです、ちょっと・・・!私騙されませんから・・・!ちょっとだけっていうか。 ちょっと、話す機会が欲しかったとか、それぐらいですから!」 佐倉さんがツンデレ風になってしまった。 どうしていいかわからんけど、やばいよ、かわいいよ、ぎゅーってしたいよ。 * うれしいやら疑問符ばかりやらで、ここまでほとんど黙って聞いてしまったけど。 ようやく俺の話をしたよ。 2年ほど前、俺が前の会社にいた時のことである。 N子は俺の後輩に当たる人だった。 少し年上だけどN子は中途入社で、成り行きでおもに俺が、仕事の流れを教えておった。 年の差が逆転してるかと思うくらい、オドオドした、腰の低い人だったな。 でも恋愛依存というか、恋人がいないと全くダメなタイプで。 彼氏と別れたっていう話をしてきたあとから、急に俺にベタベタするようになったんだよ。 思えば、女性の方から積極的に迫られたのは、それが初めてだったと思うな。 モテない俺はバカだからそれが嬉しくて、流れで男女関係になってしまったのだった。 程なくして、実はN子は彼と別れてなかったことが判明。 浮気性の彼が許せなくて、距離を置いたってだけのことだったよ。 怒りの感情よりも、急激に熱が冷めてしまったことで、俺から別れを告げた。 初めて女の人をフッたんで、いろいろ悩んだりもしたけど。 それでも俺は、その後も会社では割り切って、仕事仲間として付き合える自信はあったよ。 でもN子はそうじゃなかったみたいで、ちょっとおかしくなって、会社を辞めてった。 そんなことがあったわけだよ。 「そんなわけだから、佐倉さんが聞いた話は、もう1人の彼氏のことじゃないかな・・・」 「それ、ほんとですか・・・?」 「・・・証拠があるわけじゃないけど。N子がどういうつもりでウソついたか分からないし。 俺を恨んでたか、その話をしたとき酔っ払ってたんじゃないかと思うけど」 「騙してませんか・・・?」 「騙す理由がないよ。でも別に、そう思いたかったら思ってても」 「思いたくないです・・・!」 「・・・」 「・・・」 「・・・あの、あのさー、二次会には、参加しようかな・・・」 「あッ、はい、それはもう、あのその」 誤解が原因だったけど、その反動で俺に好感を持ってくれたわけで。 何がどう転ぶか分からないのが世の中だなあと思ったよ。 でもとにかく嬉しくて、彼女を抱きしめたくなったよ。 急展開過ぎてそんな度胸も出てこないんだけど。 あ、まだ好きって言ってない・・・。 とにかく、泣き止んでもじもじし始めた佐倉さんと、“二次会”の相談をしようと思った。 その時であった。 * 突然オフィスに2人の人がきた。 お花見に参加してた人。もう終わったらしい。 営業部長の松村さん(男性・太い)と、佐倉さんの先輩で総務の柳原さん(女性・小太り)。 この2人がいい仲なのかは知らないけど、大きな体同士をくっつけて肩組んで入ってきた。 あ、柳原さんがぐでぐでだからか。 どっちも結構酔っ払ってて、柳原さんは前後不覚なようにも見えたよ。 「トイレ借りに来た!やばいやばい」 宴会が終わって、帰り道にガマンできなくなったって感じかなー。 松村さんは、柳原さんをイスに座らせて、小走りでトイレへ。 小さなオフィスで、トイレは共用で1つしかない。 松村さんが用を足し終えるとすぐ、今度は柳原さん。 口を押さえながら、太い体を揺らしてトイレに駆け込んでった。 松村さん「ちょっと、飲ませすぎちゃったなあ・・・。広田君、1人でお疲れさんね」 俺がここで仕事してるのは、松村さんは知ってたわけだけど。 酔ってるせいか、佐倉さんがいることに気付いてない?・・・あ、気付いた。 松村さん「おお、璃子ちゃんがいる!」 璃子ちゃんていうのは佐倉さんの名前。 俺も璃子ちゃんて呼びたい! 松村さん「そう言えば途中からいなかったねえ。何でここに!2人きりで!」 えーと、何と言い訳すれば・・・。 って、普通にほんとのこと言えばいいのか。 俺「差し入れ持ってきてくれたんですよ」 松村さん「ふうん、そうなの?」 佐倉さん「あ、はい、持ってくように言われて、ですね、その」 松村さん「そう、まあいいや。今から一緒に飲みに行こうよ」 佐倉さん「え、今、今からですか」 松村さん「うん、こないだの案件のことも、もう少し話したいし」 うわ、仕事を絡めてきやがった、こういうの断りにくいよ・・・。 どうする、どうすればいいの? 松村さん「広田君は忙しそうだし、柳原はアレだともう帰した方がいいし、いいだろ、行こうよ」 あーっ、この人、佐倉さんと2人きりで飲みに行こうって言ってるのか、ますますいかんし。 どうする?俺はどうすればいいの? もう仕事終わったから俺も行きます、て急に言うのも何か不自然だし。 佐倉さん「でも今日は、あのその」 穏便に断ろうとする佐倉さんだけど。 性格上、仕事の話を持ち出されたら、松村さんについてってしまうかも。 松村さんの悪いうわさは聞いたことない。 穏やかだけど面白くて頼れる人で通ってるよ。 佐倉さんが何かされちゃうとか、心配しなくていいかも知れないけど。 あ、でもこの人酔ってるから、どうなんだろう? いやだ、心配だ! なんにしてもこのタイミングで、佐倉さんを連れ出そうとしなくても、いいじゃないかー! 佐倉さんも俺が何か言ってくれるのを待ってるみたいだ。 なんとかしなきゃー。 俺「あ、あの、柳原さん出てこないですね。まずくないですか」 松村さん「ああ、ほんとだね。広田君ちょっと様子見てきて」 俺「はい」 佐倉さん「あの、私が」 松村さん「いいからいいから、広田君頼むよ」 これで時間稼げるかな、その間に考えなくちゃ。 何とか柳原さんを松村さんに預けることができれば・・・。 トイレをノックした。返事がない。 あれ、これほんとにまずいんじゃ・・・。 呼びかけても返事がない。ドアノブを回したら鍵はかかってなかった。 ちょっと躊躇したけど、恐る恐るドアを開けたよ。 ・・・柳原さんは便座の前にぷよっと座り込んで、前かがみにグッタリしていた。 動かない。 ゆすってみた。重い。叩いてみた。反応ない。とりあえず息はしてる。 寝てるだけ?ほんとにやばいの? もう何だよう!えーっと、えーっと。 とりあえず戻って、松村さんに任したほうがいいであろう。 オフィスの方に戻った。 「松村さん、・・・」 あーっ、いない! 佐倉さんは?佐倉さんもいない! 何これ、まじかよ!何でスキをみて逃げるような連れ出し方するの? やっぱ下心があったってことかー! 佐倉さんも何でついていくんだよう! 外に出てみた、見える範囲にはいない。 俺パニック。あわわ。 えーとえーと、電話! あー、俺佐倉さんの電話もメールも知らない! いつでもいいから、聞いておけば良かった、奥手な自分を恨んだ。 もう俺、涙目。ちがう、もう泣いてた。 松村さん!松村さんの営業用の電話! 固定電話に短縮ダイアルか何か入ってるはず。 あ、ここ本社じゃなかった。電話の型式が違うからわからん! あーもう! あーそうだ、柳原さんが起きれば松村さんの電話わかるかも。 あれ?柳原さんが起きないからやばい、って松村さんに伝えるために、柳原さんを起こす? もうわけがわからんよう! 泣きながら、佐倉さん、佐倉さんてつぶやきながらパニック状態。 急性アルコール中毒!突然頭によぎった。死ぬ人もいるって聞いたことある! 柳原さんやばいやばい。 救急車呼ぶ?呼んだ事ないけど。 とにかくもう一度トイレに行って、様子を見る。 柳原さん、さっきと姿勢が少し変わってるな。 でも、やっぱり呼びかけても反応ない。 もういいや、とりあえず119番しよう。 どんな症状になるとやばいのか聞いて、必要なら来てもらおう。 携帯から電話した。 《はい、119です、火災ですか救急ですか》 「あのあの、酔っ払って動かない人がいて」 《どんな様子ですか、吐瀉物は、意識は》 柳原さん「わー!」 「うわ、突然起きました!」 《意識はあるんですね?》 「えっとえっと」 柳原さん「大丈夫だからー!」 「あの、すみません、元気みたいです、すみませんでした」・・・プチ。 何だよもう、初めて救急車呼ぶかもってドキドキしてるのに。 いきなり大声で目覚めてくれちゃって。 何この人、元気だよ。まだ酔っ払ってはいるようだけど。 2人でオフィスのほうに戻った。 柳原さん「あービックリした。救急車呼ぶとは思わなかったよ〜」 俺「だだ大丈夫なんですか?」 柳原さん「だいぶフラフラするけど、死ぬほどじゃないよ〜」 このとき俺はまた、混乱してぽろぽろと泣いてた。 柳原さん「あはは?私が心配で泣いてくれちゃったの?」 俺「いやその、佐倉さんが。佐倉さんが」 柳原さん「松村さんと行っちゃったんでしょ」 俺「あれ何で知って」 柳原さん「璃子ちゃんいなくて泣いちゃったの〜?大好きなの〜?」 俺「わわ、はい、いやあのそのあの」 柳原さん「大丈夫だよ〜、心配いらないよ〜。だから、白状しなさい!」 俺「でも、何で、あの、心配で」 柳原さん「好きだからでしょ〜?」 俺「は、はい。すみません」 柳原さん「なんで謝るの(笑)。ま、よしとしよう」 携帯電話を取り出した柳原さん。 泣いてる俺を尻目に電話をかけ始めたよ。 柳原さん「もしもしそっちどう?うんうん。あ、やっぱり!よかったね〜。うん、こっちはね・・・。 広田君がこわれちゃったよ〜。かわいそうだから、もう佐倉さん返してあげて(笑)」 何がなんだかわからない俺、にやにやしながら俺を見てる柳原さん。 しばらくして、佐倉さんと松村さんが戻ってきた! 佐倉さん「広田さん、あ、ほんとに泣いてる。すみません大丈夫ですか・・・」 俺「何、何?何が起こったの?」 * こういうことであった。 突然やってきたこの2人は、俺と佐倉さんをくっつけようと、どっきりを仕掛けたらしい。 俺は社内で目立つ関係じゃなかったつもりだけど、実は。 俺と佐倉さんは、少なくともこの2人には「あいつら妖しい!」と思われてた。 松村さんに言わせれば、佐倉さんと話してるときの俺は、顔つきが全然違うらしい。 柳原さんに言わせれば、俺と話してるときの佐倉さんは、もじもじ落ち着きがない。 てっきり付き合い始めるかと思ったら、そんな様子は全然見えない。 あ、こいつら2人ともクソ真面目でオクテなのかと。 面白そうだからなんか仕掛けてやるかと。 で、宴会の時松村さんは、つまらなさそうにしてる佐倉さんを見て思った。 広田くんがいないからか?と。 部下を通じて、佐倉さんが俺に差し入れを持ってくるように仕向けた。 普通ならそこでほっときゃいいものを。 この大型コンビは、様子を見に来なければ気が済まなかったみたいで。 しかもせっかくだからヒヤヒヤさせてやろうと。 佐倉さんの方は、松村さんにオフィスの裏に連れていかれた。 でまあ、そこで松村さんは事情を話して謝って、ただのいたずら心だよ、すまんと。 佐倉さんも素直だから、問い詰められたらすぐに、気持ちを認めてくれたみたい。 * そういうことでしたか。 ほっといても、くっつくとこだったんだよう! 大きな2人の大きなお世話というべきか、いや、でも一応きっかけは作ってくれたんだな。 感謝するべきかな。 何だかもう、嬉しいやら恥ずかしいやらで。 ほっとした俺はまた少し泣いてしまった。 柳原さん「さっきから泣いてばっかりだね〜。璃子ちゃん、こんな泣き虫でいいの?」 佐倉さん「あ、えっと、塩分補給すれば大丈夫だと思います」 柳原さん「何それ(笑)。まあ問題ないってことか〜」 で、このコンビ、勝手に盛り上がって。 改めてここで告白しろとか、チューしろとか言ってきて、佐倉さん顔真っ赤だよ。 そんなことできるかー、と思って、仕事の続きに取り掛かった。フリをした。 この大型コンビ、まだ帰らない(笑)。 目的を達成したからか、酔いもあって、ご機嫌で話をしてくるよ。 松村さん「俺らの見込み違いで、君らが全然そんな気がなかったら、どうなってたと思う?」 俺「え?えーと・・・」 なんと流れによっては、酔った勢いの柳原さんに、俺が食べられる筋書きもあったらしい! 柳原さん「あくまで可能性ってだけだよ〜。広田君ちょっとかわいいからさ〜」 俺「怖いこと言わないで下さいよう・・・」 一方松村さんに下心はあったのかどうか。 松村さん「広田君には悪いけど、全くなかったと言えばウソになるよ。でも実際にはなあ。 璃子ちゃんに手を出すと、ちょっとねえ」 俺「?」 松村さん「広田君、これから大変かもよ」 俺「何で、ですか」 柳原さん「この子、みんなからちょっと冷たくされてるの、知ってるでしょ、それはね。 社長が伯父さんだからなんだよね〜」 俺「あ、そうなんですか。でも何で」 佐倉さん「柳原さん、それ別に言わなくても・・・」 うちの社長というのは、ばっしばしに仕事に厳しい人である。 佐倉さんは一応、伯父さんが社長をやってるというのは知ってて、入社したわけだけど。 コネではないよ。 一方社長は、何年も見てなかった姪が、きれいになって入社してきたと後から知って大喜び。 で、あからさまにひいきをするようになったのである。 総務課の中でもまだ若いのに、結構な権限を与えられたりして。 総務というのはいろいろと、書類やら報告やらを営業なんかに求めるわけだけど。 佐倉さんみたいな小娘にあれこれ指示されるのが、気に食わない人も多いみたいで。 でも社長のお気に入りだから、強く反発できないし。 同期のあいだでも、何あの子、社長の姪だからっていい気になっちゃってさ、フン! みたいな空気はあるんだと。 松村さん「俺は気にしないけど、やっぱり少しは意識するんだよ、社長の身内だから、って」 柳原さん「目立ついじめはないけどね〜。みんな良く思ってないよ。アレもあったし」 アレというのは、結構大きな取引先の人に関わることらしい。 柳原さん「璃子ちゃんを口説こうとする若造くんがいてね〜。これが意外としつこくて。 フラれたせいか分かんないけど、仕事を持って来なくなっちゃったんだよ〜。 嫌がらせならそいつも情けないけどね。 うちの担当君はそれで成績が落ちたもんだから、璃子ちゃんに少しあたるようになってたね」 ひょんなことでそれが社長の耳に入ってしまったのだった。 担当君は、いろいろ理由をつけられて社長に怒られたあと、降格。 で、社長は何やら先方さんとも話をつけて、仕事を取り返したらしいけど。 これで、社長が佐倉さんをかばってるとか、佐倉さんをいじめるとクビになるとか。 そんなふうに思われるようになって、みんなに避けられるようになったと。 でもみんな気に入らないから、目立たない範囲で嫌がらせしたりする。 だからと言っても佐倉さんは佐倉さんで、真面目に役割を果たそうとするだけ。 何かあっても、社長にチクったりするつもりはないんだけど。 まあとにかく、社長の気遣いが仇になって、佐倉さんは少々窮屈な思いをしてたらしい。 そこで、事情を知らない俺が本社にやってきたと。 N子うんぬんのこともあって、佐倉さんにとって俺は、何だか拠り所になりつつあったと。 なんだかよくわからん。プレッシャーもあるけど、受け止めて見せようじゃないか! ・・・などと大きなことは言えない俺。 柳原さん「みんながみんな、冷たいってわけじゃないからね〜。私と松村さんは応援するし」 俺を食べようかとも考えてた人に言われたくないんだけど。 でもまあ感謝すべきであろう。 で、俺と佐倉さんのことを、くっつきそうでくっつかない、と冷やかしたこのコンビ。 それはそのまま自分たちにもあてはまることであった。 もともと仲のいい同僚(友人)同士であったこの2人。 この日のことがきっかけで、重量夫婦誕生への道を歩きだしたのであった。 2人あわせて推定150kg。 *** なんだかもう“二次会”どころじゃなくなった。 でももういいや。 桜並木を、佐倉さんと2人で歩いて帰った。満開だった。 桜咲いた!ついに俺にも春が! 佐倉さんが言った。 「N子さんのことで誤解してて、すみませんでした。これからも迷惑かけるかも知れないです」 「何で?」 「私と関わってたら、広田さんの立場が悪くなるかも」 「気にしない。俺、真面目に仕事するしか能がないから。やることやるだけで」 いや少しは気にするけどね! 社長に知られたら俺、どうなるのかな。 でもそんなこと考えたってしょうがないよ。 「何かあったら頼ってもいいですか・・・」 上目遣いで言われて、もちろん、と答えながら、なぜかまた涙が込み上げてきた・・・。 恋愛って、うれしかったり、もどかしかったりで、泣いちゃうもんなんだな。 俺だけか。 「広田さん泣き虫だったんですね(笑)」 「俺も初めて知った。ごめん。相手が佐倉さんだからだと思う・・・」 「私のためだったら、泣き虫でもOKですよ」 「でもごめん、さっきのがもし、松村さんたちのどっきりじゃなかったら、結局俺さ。 泣いてばっかで何もできなかったよ、そのまま佐倉さん連れていかれてたよ・・・」 「いざとなったらちゃんと逃げてましたから。心配いらないですよ。これからも」 「あ、うん。俺も心配いらない。浮気とかも、できるほどモテないから」 「信用はしますけど。柳原さんにはモテてたじゃないですか(笑)」 「大丈夫。あの人は重くてモテないから」 「ぷふー!広田さん意外とおもしろいですね」 「あは、そうかな。つまんないってよく言われるけど、がんばるよ」 「ギャグはがんばらなくていいですよ。これからよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 初めて会話した時の、不自然なあいさつを思い出したよ。 佐倉さんもあの時の気まずさを思い出したのか、2人で笑った。 *** それから。 2人とも真面目で奥手なんで、なかなか進展しなかった。 仕事が忙しいのを言い訳にしながら、初めてデートするまで2ヶ月かかった。 社内ではいいとしても、社外で璃子ちゃん、Gさんて呼び合うまでさらに2ヶ月かかった。 璃子ちゃんが敬語じゃなくなるまでは、そんなにかからなかった。 クリスマスは仕事で、本格的なデートはできなかったよ。 でもその日、初めてキスした。 だからえっと、初めてキスするまで7ヶ月かかったんだな。 また泣いてしまった。そのときは、璃子ちゃんも一緒に泣いたよ。 * 2月。 バレンタインデーに、璃子ちゃんはチョコをくれなかった。 何でかって言うと、そのあとの週末に、初めてうちに来ることになってたから。 チョコはそのときにもらった。 去年ももらった、ピエールマルコリーニの板チョコだったよ。 で、璃子ちゃんがチョコを出してくれて、何を思ったかばっきばきに割り始めた。 正方形の9マスの板チョコ、きれいに9コに割ろうとしたみたいだけど・・・。 「ごめんなさい、ばらばらに割れちゃった・・・」 「何かするの?」 単に食べやすくしてくれたのかと思ったけど。 不恰好に割れたチョコのかけらを4個選んで、璃子ちゃんが並べた。 M・A・R・C・O・L・I・N・I、の9文字の中から。 R I C O ・・・。りこ。 こんな演出しなくていいのに・・・。 「はい、いいよGさん、食べて」 不覚にもまた泣いてしまったのだった。 うれしくて。 もううれしくて、4個のかけらをいっぺんに口に入れた。 璃子ちゃんにたしなめられた。 「ああ、もう。味がわからなくなるよ」 「うん、ちょっとしょっぱい」 「あは、それくらいで泣くからだよう」 璃子ちゃんも少し涙目だったけど。 ・・・さっきの「食べて」は、「私を食べて」の意味? って今頃になって考えてしまった。・・・。 璃子ちゃんはそんな、サインのつもりだったのかな・・・。 でもどっちにしても、今日はそのつもりで来てくれたはず! * 璃子ちゃんもしょっぱかった。 * 終わり。 出典:エロいバージョンは リンク:需要次第で |
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